第5話

彼にとって私は最初から『彼女』という認識すらさ持たれていなかったのだ。……きっと。


そんな赤の他人の位置にいる自分が、彼の未来にケチを付ける発言なんて出来やしない。


だから久しぶりの比呂からの電話は、日本を去る前に精算しておかなければならない雑多な用事の一つだと、すぐに分かった。


でも、せめて此処で言うのはやめてほしかったな。


1人でも通ってこれるこんな雰囲気のある店は、なかなか見つけられない。


お気に入りの場所だったのに。


「……寧々、疲れてるのか?」


ボーッとしていた私を気遣う声音にハッとして顔を上げて比呂を見た。


切れ長の目も、スッと高い鼻筋も、形の良い薄めの唇も、大学の頃より少し大人びた比呂が目の前で優しく笑っていた。


ドクッと胸の鼓動が忙しなく打ち始める。


初めて彼と出会って、その声を聞いた時みたいに。


今、この瞬間、私はまた比呂に恋をした。


きっと会うたびその想いは、濃く、深く、彩りを増していく。


好き。


……大好き。


他にどんな言葉も浮かんでこない。

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