第3話
付き合い始めたのは大学2年の時。
同じサークルにいた比呂は、気に入った人間としか口を利かない変わり者で。
サークルに顔は出しても、いつも仲の良い人としかつるまない……というか、他人なんて目に入っていないと思っていた。
そんな彼は、きっと私のことも眼中というか、視界の端にも映っていなかったと思う。
でも、私は違った。
初めて彼を見た時から、彼の事が好きだった。
どこに惹かれたのかと聞かれれば、
『声』だと答えるだろう。
滅多にその声を聞けることはなかったけれど、低く穏やかな声音は、形の良い薄めの唇から紡ぎ出されるたびに、私の心を揺り動かした。
時には優しく、時にはグラグラと揺さぶるように。
サークル内の自己紹介の時のぶっきらぼうな口調、友人達と交わす会話、後輩達に聞かせた小難しい談議。
その度に聞こえる変化に満ちたテノール。
好きで。
好き過ぎて……。
無理矢理、彼女にしてもらった。
それも、悪ふざけの延長みたいなノリで彼の友人達に協力してもらって。
安い誘惑にのせられる彼じゃなかったから、彼の友人は、彼がずっと欲しがっていて、なかなか手が出せなかった物を譲ってもいいという条件を出してくれて、それで私と付き合うことを渋々了承してくれたんだ。
そんな風に始まった私達だから、彼は私との時間より自分の友人や研究を優先することは当たり前で。
たまに、ほんの少しの暇潰しに、彼の好きなコーヒーを淹れてくれるこの店で会ってくれた。
そんな付き合いでも良かった。
私には分からない難しい研究の話とか、珈琲の薀蓄とか。
せめて彼の声だけでも、私に向けられているならそれで幸せだった。
我儘を言って嫌われたくなかったし、2度と会えなくなるのも嫌だったから。
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