第9話

健太とのこと、本村は知ってる?


だって、誰にも話していない。


健太だって、同期の誰にも話していないって言ってたのに。



「健……椎名から、聞いたの?」



唇に付いた本村の唾液を袖口で拭った。本当は今すぐにでも化粧室に行って口をゆすぎたかった。


信頼していた同期からの仕打ちが腹立たしくて仕方ない。



「聞かなくても分かる。お前の事見てたら……嫌でも分かる」



本村の言葉に恥ずかしくて顔を彼から背けた。


私、そんなあからさまに健太のことを見ていたんだろうか?


誰にも秘密だった。


健太にだって、気楽な付き合いがいいって話していたから、彼が私の気持ちに気付くわけもない。


それなのに。


本村にはバレてしまった。



「言わないで」


「……」


「健太が私のことを何とも思っていないのなんて、ちゃんと分かってるの。分かって、それでもいいって思って会ってるんだから……」


「虚しくないのか、それ。いい年した女が。結婚だって考えてもいい年だろ」


「別に、虚しくなんてない。結婚に夢見てるわけでもないし、こういう付き合いの方が気楽だし」



思ってもいないことを言うとき、人はどんな顔をしているのだろう?


好きな相手に好きと言わず、結婚を夢見ていた若かい頃の私は、今の私を見たら軽蔑するのだろうか?


建設的な恋はしないと、10代の頃の私は結婚を夢見て、付き合う人とは結婚を前提し付き合いたいって思っていた。


それが、今は結婚から一番遠い所にいる。

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