第21話
週明けの月曜日は、日勤だった。朝からオペ前担当をして、午後からは検査部の手伝いと慌ただしく過ごしていたおかげで、変に考え事をしなくて済んだのは幸いだった。
「お疲れ」
「久間田くん、準夜勤なんだ」
外来から詰所に戻ってきたところで、偶然出入口で久間田くんに会った。日勤では見かけなかったから、今来たばかりなのだろう。
うちの病院は3交替勤務で、夕方に入る準夜勤と、深夜に入る深夜勤務と、朝からの勤務に分かれている。
「昨日はスイーツありがとう。わらび餅と生クリームがベストマッチで美味しかったよ」
「そうなんだ。今度買って帰るわ」
今までとは違った、砕けた物言いの久間田くんの様子が少しくすぐったかった。
日勤リーダーが準夜勤への申し送りをする間、私は残っていたカルテの記録に精を出した。とはいっても、午後からは外来の手伝いだったから、午前中の担当患者の記録の補足だけで済んだけど。
「お疲れ様です」
ようやく記録を終えて、日勤業務のスタッフの跡片付けを手伝っている最中、背後から声をかけられて振り返ると内藤さんがオペ着姿で立っていた。
「今日、オペ室だったんだね」
「はい。予定より早く終わったんで、残業せずに済んでよかったです」
「そうなんだ。よかったね」
「はい!これからデートなんで、彼を待たせずに済みます」
さすがにモテる女子は仕事が終わってから、デートの約束が入っているなんて忙しいな、と素直に感心した。
私がこれからすることと言えば、スーパーによって買い物をして家に帰る位だもん。
「楽しんでね」
「はい。ところで、緋山さんってどういう食べ物が好きなのか知ってます?」
「は?」
突然緋山くんの話題になって、その脈絡のなさに驚いて一瞬言葉を失った。
たった今、彼氏とデートをするって話をしていたんじゃなかったっけ?
「……さぁ?本人に聞いたらいいんじゃないかな?」
「えー、妹尾さんって緋山さんと一緒に食事に行くから好みにも詳しいのかと思って聞いたんですけど、知らないんだ。残念。本人に聞くかー」
「その方がいいと思うよ」
「じゃあ、そうします。あ、彼を駐車場で待たせてるんだった。急がなきゃ。妹尾さんお疲れさまでした」
フフッと可愛らしく声を上げた彼女の背中を見送りながら、どっと疲れが出てしまった。
今の話ってなんか脈絡があったのかな?彼氏とのデートと、緋山くんの食事の好みって……。
「そのデートの相手って、緋山くんなのかな?」
「へ?」
隣から声が聞こえて顔を向けると、申し送りを終えた日勤リーダーの寺本さんだった。
30代独身で、次期師長候補と呼ばれている彼女の口から出てきた言葉に、私の口からは間抜けな声が漏れた。
「そういうことなんじゃないの?途中からしか話は聞いていないけど。金曜日も2人で飲みに行ったとか聞いたけど?」
「金曜日?」
その日は、私と焼き肉を食べに行って、その後あんなことがあった日。
でもその後、内藤さんと一緒に飲みにも行ったってこと?
あぁ、だからあの時彼女は『金曜日の夜のアレ』って言い方をしたのか。
謎が一つ解けて、鳩尾辺りに閊えていたものがストンと落ちたような感じがした。
もしかして、緋山くんが焼肉の時に私に伝えようとしたことって、内藤さんと付き合い始めたってことだったのかな。だから、今までみたいに一緒に食事をすることもなくなるってことを言おうとしてたのかも。なんだ、そんなことならもったいぶらずに話してくれればよかったのに。
あ、でもあんなことがあったから言い辛くなってしまったと。
そりゃそうだよね。彼女ができたのに、私なんかとキスしたなんて知られたら最悪だもんね。
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