第20話

そういえば、父も祖父も和スイーツが好きだったな。九州生まれ、九州育ちの彼等はなかなかの酒豪で、甘いものも同じ位大好きだった。


 お酒を飲む人は甘いものが好きだとよく聞く。私も勿論お酒も甘いものも大好きだし。


 「久間田くんもお酒も飲める口?」


 そういえば緋山くんから聞いた話だけど、うちの病院は夏と冬に病院主催の納涼会と忘年会があるらしい。コロナ禍になってからは一度も行われていないから、昨年就職した私達も未経験だし、同僚だけで飲みに行くこともなかったからそのあたりの話は聞いたことがなかった。


 「いきなりですね」


 自分の頭の中で考えていた続きで声をかけてしまったため、彼が驚くのも無理はない。


 「あ、ごめん。今頭の中で色々考えてたの。和スイーツが好きな父と祖父の事とか、お酒も同じ位好きだったなとか。でも、久間田くんにしてみれば突然だったよね、ごめん」

 

 へへ、と照れ隠しに頬をかく。


 そんな私の様子を無表情に見ていた彼が、不意にフッと息を吐くように笑った。


  (久間田くんってこんな風に笑うんだ)


 あまりにも意外でとは失礼な話だけど、いつもより親近感が沸く。

 

 「飲めますよ。甘い酒じゃなければ」


 「私も。日本酒とかビールとか、赤ワインとか。逆に酎ハイとか、フィズとか甘いものは苦手。でも、スイーツは甘いものがいいよね。餡子の甘さとか大好き」


 「……妹尾さんも普通の女子みたいですね」


 「なによ、それ。一応普通の女子なんですけど?」


 彼の言葉に苦笑いを浮かべる。


 失言だとすら気付いていなかった久間田くんが、私の反応にハッとした様子で慌てて謝ってきた。


 「す、すみません。俺、いつも一言多いって言われるのに。なかなか治らないもんですね」


 「人の癖ってなかなかね。でも、そのくらい大したことないよ。私は別にそれほど気にならないよ」


 「失礼を承知で言いますけど、妹尾さんって他の同期の女子とは違うんですよね。年上ってこともあるのかもしれないけど。あ、これは良い意味で」


 慌てて補足するところを見ると、少しは考えながらしゃべることもできるのだと分かってホッとした。

 

 「気取ってないし、仕事丁寧だし、患者さんにも普通に優しいし」


 「仕事だもん。患者さんにはみんな丁寧に接しているでしょ?」


 「……でも、裏で話してること聞かされたらゾッとしますよ。笑顔の下で何考えているんだろうって、変に勘繰る癖ついちゃって、ちょっと怖いんですよ女子」


 おんなじ風に感じる人もいるんだ。若い子は男子も女子もみんな同じ考えなのかと思っていた。


 そういえば、彼も彼女達がそういう手の話をしている時はその輪から離れていたっけ。


 「患者さんも看護師も、色んな人間がいるってことだね」


 「そうですね。そんでもって、妹尾さんって、本当に考え方が年配の人と一緒なんですよね。たった2-3歳しか離れていないのに、達観しているっていうか」


 「年寄り扱いされるのは、一応まだ20代だから、地味に傷つくんだけど?」


 「あー、でも、俺は妹尾さんみたいな人が好きですよ」 


好きだという言葉をなんの抵抗もなく言えるのは、カゴに入っているスイーツが好きだと言っているのと同じレベルだから。


 同僚としては、嫌われるよりは好かれた方がずっといい。それがたとえスイーツと同レベルであっても。


 すっかり話し込んでしまった。引き留めたことを彼に謝って、私は他に必要なものを数点カゴに入れてからレジへ向かった。


 マイバックの中に商品を入れて、会計を済ませたころ、隣のレジにいた久間田くんと出口へ行くタイミングが重なる。


 彼の両手には、さっきカゴに入っていたスイーツのみが握られている。


 「お互いに甘いもので癒されようね。またね」

 

 彼にそれだけ言って、車へ戻る。車に乗り込んだところで、外を見て久間田くんがすぐ近くまで来ている事に気付いて車内から彼を見る。


 「妹尾さん」


 「なに?どうかしたの?」


 車のドアを開けて彼を見上げると、目の前にスイーツを持った手が伸びてきた。


 新発売の和スイーツの1つだ。


 「?」


 「これ、俺がとったのが最後だったでしょ?上げます」


 「え?いやいいよ。また別のコンビニで買えば済む話だよ」


 「……俺がこういうことするの、すごく意外だと思いません?」


 「え?まぁ言われてみればそうだけど……」


 「そうなんですよ。自分でも驚いてます。こういうことできるキャラだったってことに。で、今すごく恥ずかしいんで、同僚に恥かかせないようにもらってくれるとありがたいです」


 後半、普段見ることのない彼の照れて赤くなった耳が目に入って、思わずそのスイーツを受け取ってしまった。


 「あ、ありがとう。嬉しい」


 「うん。そう言ってもらった方が報われます。気を遣わせてすみません」


 「あ、別に気を遣ったとかじゃなくて本心で喜んでるから。今度お返しするね」


 「……いいですね、そういう50/50なところ。妹尾さんって男らしいですよね」


 「……誉め言葉に聞こえないけど、誉め言葉として受け取っておく。それにできればタメで話してくれない?一応同期なんだし」


 「……了解。元来は口悪いんで、その辺は多目にみてよね。妹尾さんがタメでいいって言ったんだから」


 「いきなり砕けたね。でもそっちの方がきっと久間田くんらしいよ」


 最後にはお互い吹き出して笑った。

 久間田くんとこんな風に喋ったのは初めてだったけれど、なんだかすごく楽しかった。年下だけど落ち着いていて、物静かで。そういうところキライじゃない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る