第18話

「やだ。そんな無神経なことはしませんよ。でもね、緋山さんが、あんまりにもそっけない態度を取ったら寂しくて同期には愚痴っちゃうかも……」


 脅されてるのか、俺は。


 普段、人懐っこく甘えて周囲に可愛がられている印象の彼女の、まるで蛇のような陰湿な印象を垣間見て恐怖を感じた。


 俺は内藤を甘くみていたのかもしれない。


 「やぁだ!緋山さん。そんな顔しないで。わたしがすごく嫌なやつみたいじゃないですか〜。別にいいやしませんよ、今は」


 今は、とそう言い放つ彼女の言葉は既に脅しに近い。


 「……今日はわたしも疲れてるから帰ります。明日か明後日にでもご飯に行きましょう?2人きりが嫌なら、同期の女子1人連れて行きますから」


 俺の返事を待たずにそう言って、パッと離れる。


 そして駐車場の奥に停めてあったらしい自分の車に乗り込むと、あっという間に去ってしまった。


 「最悪だ……」

 

 これから、妹尾に気持ちを伝えようと考えていた矢先に、よりにもよって1番厄介な相手に弱みを握られてしまった。


 なんであの夜一緒にいたのが彼女なんだ。なんで俺は、あの子を……。


後悔しても遅いとは分かっている。でも、どうにもやりきれない思いでいっぱいだった。


 どうすればいいのか分からない。ただこれ以上妹尾に誤解されるのは嫌だし、内藤に振り回されたくもない。


 妹尾は、俺のことをどう思っているのだろう?


 彼女の態度は、一緒に食事に行くようになってからも何も変わらない。幾分会話が砕けたものになったくらいだ。


 もしかして彼女には既に想う相手がいるのかもしれない。


 恋人はいないと言っていたが、片想いの相手が本当はいたとして自分に正直に話すとは思えないし。


 悶々と考えながらも、一歩も動くことができない。


 本当なら今すぐにでも会いに行って話がしたかった。


 あのキスになんの意味もないと思っている彼女に、そうではないのだと、ちゃんと意味があったのだと伝えたかった。


 電話してみようか?


 でも電話でうまく話ができるとも思わない。


 やっぱり直接話すべきだ。


 そう心に決めて、俺も疲れた身体を引きずって帰路についた。

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