第17話
「アホか、俺は」
次のラウンドの時間、俺は懐中電灯片手に早々に詰所をでた。
あいつらが戻ってこなければなんてよくいえたよ。
あいつらのおかげで、今以上に最低な人間にならずに済んだって言うのに。
吐き出した言葉は、暗い廊下の中、照らされる懐中電灯の光の中で霧散した。
一つ一つ部屋を確認していく。
術後の患者のケアで詰所に戻るのが少し遅くなってしまったが、特に何もなかったようで、他の3人は雑談に花を咲かせている。
「おかえりなさい」
詰所に戻った俺に、内藤が声をかけてきたけれど、一緒にいた妹尾は電子カルテから視線を逸らさなかった。
怒っているのだろう。
俺はどう頑張っても、妹尾に良い感情を与えられないらしい。
あんなこと……キスなんてしなきゃ良かった。
そうしたら、せめて今まで通りに普通に話位できていたはずなのに。
その夜は、救急要請こそなかったものの雑事が積み重なって、いつもよりも忙しかった。仮眠をとる暇もなく気付けば日勤への申し送りの時間になっていた。
俺も、妹尾も、若者2人も疲労感を滲ませながら、それぞれの申し送りを終えたあと詰所を出た。
更衣室で着替えて、職員駐車場へ降りた俺は妹尾と少しでも話がしたくて、自分の車の外で待っていた。
ようやく現れたと思ったら、素っ気ない態度で早々に離れていこうとする。
またもムカムカと苛立ちが沸く。
そんなに俺と一緒にいるのが嫌かよ。
飯くらい今までだって2人で行ってたのに。
そこまで嫌われたのかと落ち込みながら、それでも諦めたくなくて引き止めた俺の勇気は、内藤の出現によってあっさりと断ち切られた。
『よかったね、緋山くん。飯友ゲットだね。私今日は疲れてるからお先に失礼します』
そう言って妹尾は、呼び止める俺の声も無視して、あっという間に帰ってしまった。
「あらら。瀬尾さん帰っちゃいましたね」
「……」
「2人でご飯行きません?」
絡みついてくる内藤の手を解き、俺は小さくこぼれた溜息の後内藤に向き直った。
「飯には行かない。それに、あの夜のことを吹聴するのはやめてくれ」
「……ひどくないですか?」
それまでキャピキャピと明るく甘えるような口調だった内藤の様子が一変した。
責めるような口調で、俺を見上げる。
「私、ずっと好きだったんですよ緋山さんのこと。だから、あの夜だって……それなのに。」
「……そのことは、その、悪かったと思ってる。でも、俺は……」
「知られたくないんですよね、私とのことを妹尾さんに」
図星を刺されて言葉を無くした。
師長だけじゃない。俺の気持ちってそんなに周囲にダダ漏れなのか?
でも、ここで隠したらもっと悪い状況になりそうで、俺は黙って頷いた。
「見てれば、分かります。でも……」
でも、と一旦言葉を切って、内藤はぐっと体を寄せてきた。
咄嗟のことで避けきれず、彼女を胸の中に受け止めた形になってしまう。
「私はいいですよ、別に。あの夜のことは、思い出の一つとして大事にしまっておいても。でも、妹尾さんはどうでしょうね?」
「は?」
腕を回し俺を抱きしめ、見上げてきた目は楽しそうに笑っている。
「妹尾さんって、潔癖ぽいから、職場の同僚とワンナイトラブする男性のことをどう思うのかなって……」
「……妹尾に言うつもりなのか?」
内藤の腕が回る背中に冷や汗が伝う。
ぎゅっと抱きしめてきて、胸に頬を擦り寄せてくる彼女を見下ろす。
いますぐにでも離れたいのに、体が硬直したように動かない。
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