インスタントコーヒーと顎クイ side優人

第16話

内藤と別れて、なんとか家に辿り着いたけれど、俺の頭の中はどうしようもない後悔で溢れていた。


 いくら妹尾に振られたからって、落ち込んでみっともなく酔っ払って、よりにもよって同僚とホテルに行ったなんて。


 家に帰るなりシャワーを冷水で浴びた。この時期にはかなり無茶かもしれないが、それでも自分がしてしまった行為は救いようのないものだった。


 あの後、目が覚めた内藤は酔っ払った俺を自分の家に連れ帰るわけにはいかず、仕方なくビジネスホテルに行ったのだという。


 その後は流されるまま俺に求められて応えたと、そう言った。


 妹尾と間違えていたなんて言えなかった。


 いや、正直に言うつもりだったけれど、「実はずっと好きだった」なんて泣きながら告白されれば、何も言うことができなくなった。


 どうしようもなく深くて暗い沼に足を踏み込んでしまった瞬間だった。


 俺が好きなのは、妹尾なんだ。


 話すタイミングはあった。いくらでも。


 ホテルを出て食事をしたいと言う彼女とカフェに行ったときでも、彼女を家迄送った時にでも。


 そのタイミングを見つけた瞬間には、彼女の方から、


 「初めてが緋山さんで良かった」


 とか、


 「私、すごく幸せです」


 とか、


 「みんなには内緒にしないとダメですよね?」


 などと言われて何もいえなくなっていった。


 「今日のことは誰にも言わないでくれると助かる。……仕事に支障が出るのが嫌なんだ」


 そう彼女に言うのが精一杯だった。


 次の勤務はあろうことか、妹尾と内藤と久間田と一緒で。


 俺は絶望感に苛まれながら勤務に出た。


 出勤前に妹尾に一言謝りたくて待ち伏せて。


 なんとか彼女に伝えることができたものの、内藤がことあるごとに絡んでくるから妹尾とまともに話すこともできず。


 ようやく若者2人がラウンドに行って妹尾と話す機会ができた。


 強引にキスしたことを謝って、妹尾のことをどう思っているのか伝える。


 職場だとか、仕事中だとか、そういうのはもうどうでもいい。


 ただちゃんと伝えたかった。


 俺の気持ちをちゃんと知って欲しかった。


 だから、それこそ必死で伝えようとしたんだ、俺は。


 それなのに。


 『別にキスの1つや2つくらいでこんな大袈裟な話にすることない』


 妹尾が言い放った言葉は、鈍器となって俺に振り下ろされた。


 妹尾のことが好きで、大好きで。


 溢れる気持ちに歯止めが利かず、思わず触れてしまったあの柔らかく甘い唇。


 同じ唇から、なんの意味も持たない行為だったなんて言われたら、俺はこのどうしようもなく苦しい胸の内をどこに持っていけばいい?


 冷静になれれば良かったのに、妹尾のことに関しては、いつも感情が暴走する。


 どうしようもなくなる。


 傷つけたくないのに、傷つけてしまう。


 詰め寄った俺に、一瞬怯えた眼差しを浮かべた彼女。


 その瞬間、ひどく冷たい感情が俺の中に生まれた。


 俺の行為の何も妹尾に響かないなんて、許せなかった。


 それが困惑でも、恐怖でも、なんでもいい。俺の言葉に、俺の行動に、妹尾の感情が揺れるのなら。


 詰め寄って、顎を持ち上げ、このまままた強引に触れることだってできた。


 あいつらが戻ってこなければ。

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