第15話

「緋山くん、前置き長い」


「え?あ、悪い。けど……」


「……もういいよ。別にキスの1つや2つくらいでこんな大袈裟な話にすることない。さっき謝ってもらったし。どうせ、魔が差したとかそういうのでしょ。ほら、そろそろラウンド組が帰ってくる……」


 緋山くんのもどかしさと、微妙な空気感に堪え切れず、話を遮ってしまった。

 

だって、普段の緋山くんなら、こんな遠まわしな言い方はしないくせに。女の子の誘いだってクールに断るくせに。ただの飯友にそんなに言い訳とか気を回したりとかする人じゃないでしょ。


 なんだかヤサグレた気持ちにもなっていた。


 だから、ふと視線を上げた先の、不機嫌な彼の表情に気付くのが遅れた。


 (怒ってる?)


 彼の不機嫌な理由が分かるような分からないような。話の腰を折られて気分を害したのかもしれないけれど、延々とこんな空気感の中にいるこっちの身にもなってほしい。


 「慣れてるんだ?」


 「はい?」


 入り口にとどまっていた彼が、何故か休憩室の中に入ってきた。畳3畳程度の空間に2人掛けのソファと食器棚がある小さな空間に。


 「キスの1つや2つって。妹尾って彼氏いたっけ?」


 「なにを……」


 「それとも何?彼氏じゃなくてもキス位できるって、そういうこと?」

 

 無茶苦茶だ。


 不機嫌なオーラを纏った緋山くんが、ジリジリと近づいてきて、私はあっという間に壁際に追いやられてしまった。


「ちょ、距離、ちかい!」


「近づいてるからな。それで?妹尾って彼氏とか、オトコトモダチとか、意外に多いの?」


 何を言っているんだろう、この人は?私に彼氏とか男友達がいるかとか、そういう情報って今いる?


 顎を持ち上げられて、不機嫌を露わにした表情で見下ろされて、私の緊張も沸点越え。


 とにかくこの体勢をどうにかしないと、久間田くんや内藤さんが戻ってきたらヤバい。


 (えーと、なに?彼氏?男友達?そんな相手いるわけ)


 「ない!!」


 「ん?」


 「いないっ、彼氏も男友達とか、そういうのいないからっ!」 


 至近距離にいる相手に大きな声を出さなくても聞こえることは分かっていた。けれど緊張がピーク状態で吐き出したそれは、意外と辺りに響く声量になっていた。


 「声、でか」


 「!!」


 呆れたように笑って、それから緋山くんは私から離れた。


 一気に全身の力が抜けてへたり込んでしまう。


 「大丈夫か?」


 「うるさい……」


 元凶に心配なんかされたくない。

 大体なんで、私はこの人に交友関係を暴露させられてるの。しかも、異性の。


 一体何が言いたかったんだろう?


 「どうしたんですかー?廊下迄響いてましたよ」


「ひゃっ!」


 突然割り込んだ声に驚いてしまった。

 休憩室を覗き込んできたのは、ラウンド戻りの内藤さんと久間田くんだった。


 「いや、別になにも。それより、トラブルとか何もなし?」


 ついさっきまでの不機嫌オーラはどこへ行ったのか、目の前の緋山くんは今日の夜勤リーダーらしく、2人から報告を受けるべく詰所の方へ戻っていった。


 こっちは未だ心臓がバクバク、ドキドキして、立ち上がることもできないというのに。


 結局緋山くんが不機嫌になっていた理由も、キスの言い訳すらまともに聞けないまま時間だけが過ぎていった。

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