インスタントコーヒーと顎クイ
第12話
*
翌日が祝日で仕事も休みだったことが、私にとって良かったのか悪かったのかは分からなかった。まともな思考でいられなかったのは確か。
「濃厚接触じゃん……色気ない言い方してしまった。ていうか、キスだよね?」
声に出してみても、現実味がない。
だって、なんで?
緋山くんって、私の事を好きなの?それとも、あの場の勢いとか、雰囲気とか、そういうの?
でも、私、突き飛ばして逃げてしまった。
いや、勿論、あの時は驚いたし、恥ずかしかったし、あの場にい続けるなんて絶対無理だった。
でも、どう考えてみても、あれはキス以外のなにものでもなかった。
「どうして、キスなんてしたんだろう?」
彼の好みは笑顔の可愛い子だったはずだ。私とは正反対の可愛い女の子の筈だ。いうならばあの時駐車場にいたあの女の子たちみたいな。
昨日家に帰ってからずっと同じことを考えている。1人で考えても仕方のないことを悶々と考え続けているのだ。
眠れるわけもなくて、夜通し、徹夜で。
いっそ、直接緋山くんに聞いてしまえばいいんじゃないかって、何度もスマホに手を伸ばした。
けれど、結局それができないまま朝を迎えてしまった。
「頭、痛い」
頭痛持ちの私は、働き始めてから、月に数回は起こる頭痛に悩まされている。天気が悪かったり、台風が近づいたり、生理の前後だったりで、頭の片側や両こめかみがズキズキと脈打つように痛む。
勿論、寝不足の時も当然のように頭痛が起こる。
この仕事について、この頭痛が『片頭痛』という慢性頭痛の一つだと知った。最近の市販の鎮痛剤も優秀だし、病院で相談すれば専用薬が処方される。
とはいえ、あまり薬に頼りたくない私は、基本は頭を冷やして、部屋を暗くしてひたすら寝る。どうしても耐えられないときは鎮痛薬に頼ることにしていた。
今日は祝日だし、予定もない。ひたすら寝ておこうと冷蔵庫からアイスノンを取り出してベッドにもぐりこんだ。
明日は仕事だし、今日のうちに頭痛は治めておきたかった。
「明日の夜勤って、緋山くんと一緒だ……」
なぜだか絶望に似た感覚に陥ってしまった。
こんな状態で彼と一緒に夜勤だなんて絶対無理。確かもう2人は……。
うちの病院の夜勤は通常4人で行う。男性看護士が入る時は2:2で振り分けられていた。
だから、厳密にいえば2人きりというわけではない。
シフト表を見てさらに溜息が零れた。
よりによって、今日駐車場で見かけたメンバーだ。1人は緋山くんファンの内藤 依馬さんと、同期の男性看護師である、久間田 建都。
久間田くんは同期だけど、2歳年下だ。なんていうか、よく分からない人だ。私に分からない人だなんて言われたら心外かもしれないけれど。
真面目だと思う。仕事には真摯に向き合っているし、患者さんに対しても丁寧だ。同年代の子達に比べるとなんだか静かというか、暗いというか。
考えてみるとまともに話したことはないかもしれない。
もう一方の内藤さんは、今時の女の子だ。自分が可愛いと自覚しているタイプで、女子力が高い。そういう人の美に対しての努力は素直に認めるし感心もする。
仕事だってそれなりに真面目だと思うし、一緒に仕事をするのに問題はない。
ただ、やっぱりあのテンションにはついていけない。患者さんの前では丁寧だし、ちゃんと受け答えもしているから評判も悪くない。
でも、詰所に戻ってきて、休憩中の彼女の会話はまともに聞いていると、なんというかしんどい。
患者さんにもいろいろな方がいるから、彼女の考えでもって分析するのは構わないと思う。
でも、真っ向から否定したり、自分の考えや見解を周囲に吐き出すのはいかがなものかと思う。
聞いていてあまり気持ちのいい話ばかりではないからだ。もちろん私だって、愚痴を吐くときもあるからすべてを否定するつもりもないし、その分彼女はちゃんと周囲を見ることができているということだ。私にはそれができていないと言われればそれまでなんだけど。
(吐き出さなきゃいられない気持ちもわかるけど)
だから、私とは別の生き物だと、自分に言い聞かせて、話の内容によってはその場から離れて自分の心を落ち着かせているのが現状だった。
よりにもよってこのメンバーでの仕事。何も起こらなければいい。
さらに強くなる頭痛に頭を抱えながら、それでも薬は飲まずに布団の中でジッと耐え続けた。
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