第5話
「お腹は空いてるけど……」
じゃあ、問題ないだろと言いながら、早々に店員に追加メニューを伝えていく。
炭と七輪を持ってきた店員と、飲み物を持ってきた店員が目の前で手際よく七輪を並べたり、飲み物を置いていく。
店員が個室を出て、ほんの数秒静かになったところで、私は口を開いた。
「お祝いだから、私の方が奢らないといけないんじゃない?今度給料が出たらになるけど」
「祝ってくれるなら、言葉だけで十分。あんまこの副業の事も知られたくないんだ同僚には。でもさ、やっぱり嬉しくって誰かに聞いてほしくてさ。そしたら妹尾しか思い浮かばんかった」
「……そ、それはどうも」
このヒト多分無意識で言っているんだろうけど、この『お前は特別なんだ』的な発言を、ちょいちょい挟ませてくることに自分でも気づいてほしい。意識しているこっちがすごく間抜けに見えてくる。
こんな風に特別感を味わいたいと思っている人、キミの周囲に腐るほどいますよーと伝えてあげるべきなんだろうか?そもそもこのヒトこんなしょっちゅう私とご飯行っているけど、彼女とか文句言わないんだろうか?
今まであえて確認したこともなかった。
塩顔イケメンと周囲の同僚に言われているこの人の私生活を知る人物を私は知らない。
同期は辞めてしまっているし、職場では仕事モードの真面目でちょっと厳しい人ってイメージがある彼のプライベートを過ごす友人について聞いたことはなかった。同期の女子の間では、なんでもものすごい美人の彼女が他の病院で医療関係者として働いているとかいないとか。噂だけど。
彼から、言葉に対する指摘を受けてから約1年。今日まで、他の同僚と同じ位かそれ以上の親しさで会話をする私を同期からは羨ましがられもするが、同い年だからねと言えば納得されるし、それ以上の深読みもされたことはない。
まぁ、彼女たちの心配する『彼の特別な存在』に、私がなるはずないと思っているからだろう。いつだったか、彼女たちに言われたことがあった。
「緋山さんにとって妹尾さんは、恋人というより同姓の友人って扱いですよね」
まぁ、実際そうなんだけど。…….というのも、同期女子達が、緋山くんの好みのタイプを聞いたときに、彼はキッパリとこう言ったそうだ。
「笑顔がめっちゃ可愛いコ」
笑顔、ね。
その言葉を聞いたときは、一瞬落胆に似た気持ちを抱いたのを覚えている。
笑顔が可愛いと聞いて、まず私の名前は上がらない。良いように言ってもらえてクール、悪く言えば愛想がない。これが私の印象に上げられる単語だ。
自覚してはいる。クソ真面目で、楽しい話題も振れないつまらない女だと。
見た目も女にしては高身長の168cmだし、凹凸の少ない身体つきで、中学時代ショートカットにしていたら男子と間違われることも少なくなかった。
看護師という仕事をしている現在でも、もう少し笑顔で接しなさいと高齢の方から指摘されることもある位だし。
変えられないし、変える努力もしてこなかった自分だから、周囲の評価は甘んじてうけている。
「肉、焼けてるぞ?」
「あ、ホントだ」
トングに掴まれた牛タンがプラプラと目の前で揺れていた。それを私の皿と自分の皿に交互に乗せていく緋山くんの手をジッと見る。
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