第4話
次から次へ信じられない話を暴露されて、正直混乱していた。例えば、緋山くんの事は他の同僚よりはよく知っているつもりだったのに、とんでもない。
「引いたりするわけない。素直にすごいって思ってる。そういえば、緋山くんって文章まとめたりするの上手だもんね。症例発表とか、先生の学会の資料作ってたりもしてるもんね」
「そっちは仕事で仕方なくな。でも、こっちは仕事の気分転換、趣味みたいなもんだよ」
趣味で小説書いて投稿してるってだけでもすごいと思うのに、賞を受賞しちゃうとかすごすぎ。
真面目に手なんて叩いて賞賛すれば、彼はほんの少し目を見開く。そして照れ臭そうに笑った。
(笑うと、可愛いんだよねこのヒト)
複雑に弛む口元を自覚して、緋山くんから視線を逸らした。
彼と就業後にご飯に行くようになって、仕事場とは違う表情をいくつも見てきた。厳しく真面目な先輩としての顔から、気楽に付き合う友達に対する顔。幾つも見ていく中で、いつしか彼の笑った顔を好ましいと思う自分がいた。
同僚で、先輩で、同じ年で、気楽に付き合える友人。そんな相手を『可愛い』と表現してしまうのに躊躇ってしまう。しかも相手異性だし。
できれば、近所の学生とか、弟とか、年下の親戚の男の子とかと同じ括りでいてくれれば、私にとって何の問題もないのだけど。
違った……んだよなぁ。
違うと感じたのはつい最近で、だからと言ってそれが特別な何かといい切れる自信も根拠もない。……というか、そうでないと困るというか。
「妹尾、ここにしようぜ」
隣を歩く緋山くんの足が止まり、見上げて指さした先を見れば、ちょっと名の知れた焼き肉屋だった。
「ここ?」
食べ放題でもなく、ファミレスでもない。家族やデートでしか行かないような店を見上げて息をのんだ。
「遠慮しないで食えよな」
「ギャンブルは嫌うくせに、使い方は派手なの?」
「俺とお前が食い倒したってたかが知れてるじゃん」
「私がフードファイターじゃなくてよかったね」
「それな」
店の前で断るのも躊躇われて、誘われるまま店の中へ入った。いつもの焼き肉屋とは違う、ちょっと高級感の溢れるインテリを横目に見ながら、店員に案内されて個室へ入った。
コロナ禍とあって、個室も対面での着席を避け、アルコール消毒に、エアダスト、にキャッシュレス決済と、感染対策はそれなりに成されている。
私達が利用するのは、事前にそういった部分の対応をホームページで確認できる店に限っていた。自分達が伝播してしまわないためにも、最低限の感染対策は外食時は特に考えてはいる。それでもコロナの感染者数が多い時期は当然だが引きこもっていたし、外食時間は1時間程度と決めていた。
「牛タンにロースとカルビ、3人前ずつくらいから始めるか。あ、妹尾は黒烏龍茶でいいんだよな?」
メニューをサラリと見た後は、いつも通りのメニューを頼んでいく緋山くん。
値段、本当に気にしないんだとこっちが逆にヒヤヒヤする。
「豆腐サラダと、キムチも頼むんだろ?」
「ちょ、いつものペースで頼まないでよ……」
「?なんで?今日は腹空いてないの?」
お腹の心配じゃなくて、お金の心配をしてほしい。
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