第3話

無事に仕事が終わり、着替えを済ませて職員用の駐車場へ向かう。自分の車に辿り着く少し前に隣の黒のワンボックスから緋山くんが出てきた。


 「おつ」


 「お疲れ様―、待たせた?」

 

 同じ時間に仕事が終わっても、女の身支度には少し時間がかかってしまう。ただの同僚とのご飯だと分かっていても、メイク直し位してしまうのは、多分彼が私にとって他の人とは少しだけ抱いている気持ちが違うからだ。ロッカールームの鏡できちんとチェックした。仕事中は後ろで一つにまとめている髪を下ろした。僅かに癖付いた栗色の髪は肩の少し下あたりまで伸びている。中の中程度位だと言ってもいいだろう平均的な顔に特徴と言えるものはさほどない。


 こんなイケメンの隣を歩くのだ。少しくらいメイクで盛らないと自分が切なくなるのだ。


 「いや、別に」


 「そか、じゃあ、行く?」


 「おぅ」


 車に荷物を置いて、トートバック片手に歩き出す。繁華街に近いこの場所は、車で移動するよりも歩いて行った方が便利だから、大抵車は病院の駐車場に置いていた。


 「今日は、お肉の気分」


 「今日もの間違いだろ」


 「え、緋山くんは違うの?」


 「俺も肉、てか、それ以外の選択肢ないし」


 ケラケラと笑う緋山くんにつられて私も笑う。

 

 仕事が終わって、同僚と食事にいくのは、ある意味リフレッシュになる。たとえ明日どれほど忙しくなると分かっていてもこういう時間を減らそうとは思わない。


 病院から近い場所にある、いつもの焼き肉屋に行くのかと思ったら、緋山くんはその店を通り過ぎた。


 「焼肉じゃないの?」


 「ちょっと、いい肉食いに行こうぜ」


 「え?いつも質より量だって言ってる緋山くんが一体何事?」


 「腹に入れば一緒だしな……とはいっても、俺だってたまにはおいしい肉が食いたくなる日もあるんだよ」


 「そうなの?でも、私給料日前だから、懐寂しいんですけど」


 バックの中の財布を横目にちょっと躊躇う私に、緋山くんは指を左右に揺らした。


 「ちっ、ちっ、ちっ」


 「なによ」


 「今日は俺が奢る」


 「は?なんで?」

 

 基本私達は割り勘だ。デートで男性と食事に行くのとは違う。同僚との食事は50/50の関係であるべきだから、気兼ねなく食べる為にも割り勘は私のモットーでもある。


 そして、それは緋山くんも同じはずで、ケチとまではいかないけど、お互いにその辺りはきちんとしたいといつも話している。そんな彼から奢るなんてセリフ初めて聞いたものだから、ちょっとテンパってしまった。

 

 「ちょっとした小遣いが入ったから」


 「え?賭け事とか?」


 「しねえわ!俺がギャンブルとか嫌いなの知ってんだろ」


 知ってる。


 お金をドブに捨てる行為だと言って、宝くじすら買わない彼だから、仕事以外の収入があるなんて他に思いつかない。


 「まぁ、これは内緒だけど。副業したの」


 「副業?」

 

 そういって彼がスマホを操作して、液晶画面をこちらに向けた。


 すっかり日は落ちた中、スマホの液晶画面からボワリと光が広がる。その画面にはあるサイトのページが開かれていた。


 私も見たことのあるサイトだ。確か、中高生から大人まで幅広い読者層を持ち、様々なジャンルを取り扱う小説投稿サイト。丁度開かれているページには、最近発表があったという小説大賞を受賞した数人の作品のタイトルが並んでいる。


 「これ、俺な?」

 

 そう言いながら緋山くんが指さしたのは、大賞受賞者の名前と、その作品のタイトルが書かれた部分。女性の名前と、ガッツリ、ファンタジー系のタイトル。


 「これって、まさか、この小説を書いたのが緋山くんってこと?」 


 「まぁな。これでも高校の頃は文学部で純文学書いてたんだぜ?」


 「そうなの?でも、これはライトノベルっぽいけど」


 「働き出してからは、もっぱら読んでるのはこっち系なの」


 「……」


 「あ、もしかして引いた?いい年した男がライトノベル読んだり、女の名前で小説書いてるとか……」

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