第2話
とは言いつつも、この日が別に恋に落ちた日というわけではない……と思う。
そもそも好きになった理由が分からない。気づいたら……そう、気づいたら気になる人になっていた。性格だったのか、容姿だったのか、それ以外の何かなのか。
改めて、目の前の彼の事を説明するならば。
「おい、妹尾、手止まってる」
「あ、ごめん」
容赦なく指摘が入る。今は仕事中。看護計画の立案中だった。
今日入院してきた患者の担当になって、チームで看護計画の立案をしてケアについて話し合う予定だったのだ。ほかのメンバーはついさっきナースコールに呼ばれて席を外している。
「ラパコレでいくんだよね?この人」
「その予定だけど……あの腹の厚みだと開腹も視野に入れとかないといかんだろーなー」
今日入院してきたのは、35歳男性。胆石症の患者で、近く手術する予定だ。
今ではポピュラーになっている腹腔鏡下胆嚢摘出術(ラパコレ)の予定だった。この手術は、お腹に小さな穴を4か所開けて、腹腔鏡や器械をいれて胆嚢を切除する手術だ。開腹手術とは異なり傷も小さく済むし、その分回復も早い。けれど、合併症や手術中の何らかの理由で開腹手術に切り替わることもまれにある。この患者さんの様に、腹部の皮下脂肪が厚いことで視野が制限されたり、出血が起こった時の対応をかんがえると開腹も視野にいれる必要があった。
それらを踏まえて看護ケアの立案をしていくのも看護師の仕事の一つ。緋山くんは長年の経験故に視野も広いし計画もスマートに立てていく。ついつい甘えてしまうのは、彼との会話に敬語がなくなったせいもあるのかもしれない。
だからと言って甘えてばかりいるわけにもいかないので、彼が進めるペン先を見ながら電子カルテを埋めていく。
そうしつつも、ちらりと視線を彼に向ければ、いつも通りの真剣な眼差しが紙の上で行ったり来たりしている。
基本室内での仕事がメインの病院勤務。日に焼けることは少ないせいか、肌も短めの髪も色素は薄い。すっきりとした目元に少し高めの鼻筋。笑うと白い歯を覗かせると幾分幼くも見える。
塩顔、イケメンというやつだと、同期の内藤依馬と剣持みゆきが話していたのをもれ聞いたことがある。
人の顔を塩とか醤油とかで考えたことがなかった私は、その表現はよく分からないけれど、彼、緋山 優人がイケメンだというのは否定しようがない。
それに優しい人とその名前が示す通り、患者さんにはすごく優しい。老若男女問わず、患者という対象に対して、彼はどこにそんな余裕があるのか、どんな相手に対してもひたすら優しさに溢れている。
人間って、もう少し我儘であってもいいと思うのだけど。
そんな風に思う私は、看護師という仕事をしているけれどナイチンゲール精神とは程遠い人間だと、彼を見ていると思い知る。
「ほら、また集中してない」
「ごめん」
「さっさと、終わらせて飯食いに行くんだろう?」
そう言った緋山くんが、通路側の顔を手元にあったファイルで隠しながらニカッと笑った。
(う、イケメンの笑顔って、じみに殺傷力高い……)
今日は日勤の後、一緒に夕飯を食べに行く約束をしている。同じ病院に働く同僚で、元指導係で、同い年の塩顔イケメンと。
どういう関係かと聞かれたら、それ以上に述べる言葉は一つとしてないのだ。ただいつからか、たまに一緒に食事に行く関係。
彼の同期は今は1人も残っていない。元々同期3人しかおらず、そのうち1人辞め、2人辞めと、今は彼しか残っていない。そのせいもあって、同い年である私はそれなりに話しも合うし、タメ語で喋る気の遣わない相手として彼の中に位置づけされているようだ。
私も最初はそんな理由で誘ってくるのだろう彼に対して、年下の同期と過ごすよりはなんて言うか、少しというかすごく気が楽だったから、彼に誘われるままに食事に付き合っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます