焼き肉と濃厚接触

第1話


 ふと思う。


 人は異性に対して、どういうときに恋に落ちてしまうのだろうか?と。明確な答えを持ち合わせていないのは、決して私だけではないと思う。


 いつ、どの瞬間、相手に好意を持って、それが恋愛感情に変化したかだなんて、はっきりとわかっている人っている?そりゃ、まぁいるかもしれないけど……。


 私は無理。

だって、気づいたらもう気になっていた。

 

 目の前で黙々と紙にペンを走らせているのは、同僚の男性。同じ病院で働く26歳の男性看護師、緋山ひやま 優人ゆと


 彼は専門学校出身で、20歳で看護師免許を取得し、この病院に勤め始めた。

 

 そして、私、妹尾せのお真直ますぐは高校卒業後、一度OLとして働いた時期を経て一念発起し、専門学校に入学。昨年国家試験に無事合格して看護師となり、この病院へ入った。


 同い年だけど、5年先輩の彼は、私の指導係で、同じ年だとしても先輩として相手をたてる位の常識を持ち合わせていた私は、仕事中だろうが、プライベートだろうが彼に対して敬語を崩したことはない。


 そんな私の態度は、相手に対する壁としてとらえられていたのだと知ったのは、勤め始めて半年以上経ったころだ。


 「俺、同い年の相手に敬語使われるのとか無理なんだけど」


 不機嫌を隠しもしない彼の表情に、それまで先輩だと敬っていたのか、敬遠していたのか微妙だった私は、すぐには答えることができなかった。


 「他の同期と、俺に対する態度違い過ぎない?」


 「?」


 「……俺、指導とかキツイかもしれんけど、それってお前の為だと思うし、俺の事キライだっていうなら……仕方ないけど、でも、俺はお前ともっと普通に喋りたい……んだけど」


 危うくなっていく語尾に、私は口をポカンとあけて、見る間に落ち込んでいく彼の表情を見ていた。


 そんな風に思われていたなんて気付きもしなかった。というか、同期と先輩を同じ物差しで見ることは私の性格上無理という話ってだけ。それに同期とは言っても、実際の年齢は3-5歳も差があるから、同期達からはお姉さん扱いされていることもあって、彼等には敬語を使ってはいない。けれど同い年のこの人にそんな風に思わせていたとしたら申し訳ないとは思う。


 「……別に、緋山さんのことを、キツイとか、キライだとか思ったことないですけど。この病院の人達ってみんな優しいし、丁寧に指導してくれるし、感謝こそすれ嫌うだなんて……」


 「……そうなのか?」


 「寧ろ、なんでそんな風に思うのか逆に不思議なんですが……。他の同期はどうか知りませんけど、私はやっぱり指導を乞う立場としては、敬語は当然だと思いますし……」


 「妹尾ももう半年経つし、通常勤務なら立派な戦力だし。指導係卒業って事なら、普通に喋れないか?」


 そんなにも『普通』に執着する理由は分からないけれど、彼が望むなら指導を乞うていた自分としては感謝も込めて彼の希望を叶えたいと思った。


 って、こんな風に堅苦しく考えていたわけだけど、別に普段の私はいたって普通の25歳で、同期とは普通に喋ったりしているわけで。


改まって言われたことで、逆に緊張しなくもないけれど……というか、おかしな話だ。真面目過ぎる彼の反応に、笑いが込み上げてきた。


 「……笑うなら声に出して笑えよな」


 「いや、それは、ちょっと失礼かなっ

て……フフッ」


 一度零れた笑いを引き戻すことなんてできなかった。安堵が混ざった吐息は笑い声に代わり、あの時私はしばらく笑い続けてしまった。


 同じ年の5年先輩の彼も、普通の男性なのだと気づいたこの日、私はそれまでとは違った目で彼を見ることになった。

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