第27話 【実績解除】好きな人と恋人になりました


 お姉ちゃんの部屋から出た後。わたしは迷うことなくそこから3つ離れた部屋へと向かう。そこは、かつてのわたしの部屋であり、今はひかりちゃん――わたしの初恋相手が使っている部屋があった。


 ドアの前に立つと。急に心臓の鼓動が一際大きくなる。


 ——お姉ちゃんに背中を押されるまま飛び出してきちゃったけれど、わたし、ひかりちゃんと一体何を話したらいいんだろう。ひかりちゃんの気持ちが変わっていなければわたしとひかりちゃんは両想い、なはずだけど……。


 そう思うと少し怖くなってくる。と、その時。ドアの向こう側からひかりちゃんが声を押し殺しているのか上手く聞き取れないけれど、でも確かにすすり泣く声が聞こえてくる。それに気づいてわたしは思わず


「ひかりちゃん? 大丈夫?」


とドア越しに声を掛けてしまう。すると、1枚ドアを隔てているのにも関わらずひかりちゃんが部屋の中て息を飲んだ音が聞こえてくる。


 それから暫くして。少しずつドアが開かれて、ドアの隙間から顔を覗かせたひかりちゃんと目が合う。そんなひかりちゃんはずっと泣いていたのか、目元が赤く腫れていた。


「どうしたのその顔。何か嫌なことでもあった? お腹でも痛い?」


「……何があったのかはこっちの台詞です。どうして東さんがここにいるんですか! 私、お二人がちゃんと一線を越えて本当の恋人になれるように、これ以上ないって状況を、自分の気持ちを押し殺して作りましたよね? 東さんとお姉さまにお似合いのカップルになってほしかったから。なのに! なんでそんな東さんが、私の部屋の前で油を売ってるんですか!」


 だんだんとひかりちゃんの語気が荒くなってくる。たまに突拍子もないことは言いだしつつもこれまで口調は丁寧だったひかりちゃんからは想像もつかない様子に、わたしはしばし呆気にとられる。


「それは、えっと……わたしがお姉ちゃんのの気持ちを断って、振ってきたからで」


 呆気にとられながらも答えたわたしに、ひかりちゃんは目を大きく見開く。


「振ってきたって……嘘。だとしたら、身が引きちぎられるような思いに無理やり蓋をしてこれまで東さんたちの恋路を応援して、今日だって大好きな人が自分とは違う女と一線を越えている一つ屋根の下に居させられて、否が応でも自分の好きな女の子が自分ではいない女に抱かれているところを想像しちゃって、本当は思いっきり泣きじゃくりたいのにたった2部屋しか離れていないから声を押し殺して泣いていた、私の気持ちはどうなるんですか!」


「それはその……ごめん。でも、そう思ってるならひかりちゃんだってはっきりそう言ってくれればいいじゃん! はっきり言ってくれなきゃわたし、頭悪いからわかんないよ!」


「そんなこと言える訳ないじゃないですか! だって東さんがお姉様と恋人を続けることを選んで、それを応援するって決めちゃったんですから。なのに、今更恋人をやめるとか無責任すぎます」


「それはそうだけど! その時と今は状況が違う! その時はわたしは恋を知らなかったから、このまま努力を続ければお姉ちゃんとおんなじ気持ちになれると思ってた! けれど、その後にわたしもひかりちゃんのことが好きになっちゃって、恋がどういうものかわかって、お姉ちゃんをそういう気持ちで見られないことがわかっちゃったんだから、仕方ないじゃん。それに、そもそもひかりちゃんがわたしに優しくしてくれて、わたしに恋がどんなものか教えてくれちゃったのがいけないんでしょ⁉」


「それは言いがかりです! 本当だったら私だってそうしたかった! でもそれは、東さんに再会したあの日にきっぱりと諦めたんです。だから、今更そんなこと言われても私にどうしろって言うんですか!」


「そんなのわたしこそ知らないよ! 勝手にわたしと付き合うことを諦めて、それだけじゃなくてわたしとお姉ちゃんを恋人にしようとしてきたのはひかりちゃんじゃん!」


 わたしの言葉にひかりちゃんは再び息を飲む。そこでわたしは一旦語気を抑えて付け加える。


「だから教えて。責任をとってわたしとハッピーエンドを迎えてくれるのか、それともひかりちゃんは自分で勝手に決めたルールに従って両想いなのにも関わらず、誰もが平等に幸せにならない最後を取るのか」


「……ここで私だけがずっと思い続けてきた東さんと付き合ったら私、最初からそれを狙っていた泥棒猫みたいじゃないですか」


 さっきまでとは打って変わって消え入りそうな声で言うひかりちゃん。そんなひかりちゃんの右手を、わたしは両手でそっと包み込む。


「そんなことない。それを言ったら途中まで流されながらも優柔不断で結局お姉ちゃんと恋人になれなかったわたしの方が悪い子だし——少なくとも、わたしとお姉ちゃんは、きっとそんなことは思わない。本当はとっちゃえばいいのに、ひかりちゃんがずっと我慢をしていたことをわたしは知ってるから」


 そこで。わたしは深く深呼吸をして、ひかりちゃんの目をまっすぐ見つめて問いかける。


「だから――西園ひかりさん。わたしと、恋人として付き合ってくれませんか?」


 人生ではじめてした告白。


 それにひかりちゃんはまだ逡巡しているように視線を揺らす。けれど最終的にはわたしに顔を近づけ、そして――。


 重ね合わされるわたしとひかりちゃんの唇。そして唾液や舌同士も、そっと絡み合ってから、すぐに唇は離される。それは、姉妹や友達との接吻とは明らかに違う。そして。


「これが私の答えです。私も、ずっとずっと前から、あなたのことが女の子として好きでした。だから、こんな私でよければ――不束者ですが、どうぞよろしくお願いします」


 少し恥ずかしそうに頬を赤らめながら言うひかりちゃん。そんなひかりちゃんに、わたしはつい我慢できずに


「ひかりちゃんっ!」


と抱き着いてしまう。そんなわたしをひかりちゃんは突き放すことなく、むしろぎゅっと力強く抱きしめてくれた。


 こうして、わたしは人生で初めて、本当の意味で恋人ができたのでした。

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