第26話 【実績解除】一線を超えました……
それから。一方的に抱いた気まずさを振り払うようにわたしはお姉ちゃんの背中を流したり、向かい合って一緒に浴槽に浸かったりした。けれど頭の中は出てからのことでいっぱいで、目の前のことにドキドキしたりだとか、そんな余裕はどこにも無かった。
そうこうしているうちにお姉ちゃんは先に浴槽から上がる。
「のぼせちゃったから先に上がってるわね。双葉ちゃんはゆっくり入ってて。あと、今夜は双葉ちゃんはわたしの部屋で一緒に寝ることになってるから、わたしの部屋に来てね」
「ふ、双葉の部屋は……?」
「双葉ちゃんの部屋は今はひかりちゃんが使ってるから、癖で間違っては行っちゃわないように気を付けてね。ひかりちゃんがびっくりしちゃうだろうから」
それだけ言ってお姉ちゃんは浴室から出て行く。そしてお風呂にはわたしが一人だけになる。
「——私もそろそろ出よ」
一人になってから5分もしないうちにそう呟くと、わたしも浴室から上がる。
お風呂から出る際、ちらっと鏡が目に入る。まだ髪先の濡れたままの少女の顔は、少し引き攣っていた。
パジャマに着替えて迷うことなくお姉ちゃんの部屋に向かう。同居してた頃は自分の部屋があるのに毎日のように入りびたっていたような気がする。だから珍しいことなんて何もない……はずなのに。同居していた時に比べて、今日は遥かに足取りが重い。
ノックをして一歩踏み入れたお姉ちゃんの部屋は記憶にあったものと何かが違った。インテリアなどは大きく変わらない。けれど、照明の明度は薄っすらで、当のお姉ちゃんは部屋の中では見せたことがないような、黒の下着姿でベッドにちょこんと腰をかけていた。その下着は、いつもにも増して際どくて、大人っぽい。
わたしが部屋に入ってくるなり、お姉ちゃんはぽんぽん、とお姉ちゃんが座っている隣のところを叩いてくる。座って、ってことみたい。
「双葉ちゃんはこういうことするの、はじめて?」
にゅっと現れたお姉ちゃんの左手がパジャマのボタンを外していく。すると簡単にわたしの白の下着と素肌が露わになる。
「はじめてに決まってるじゃん。そういう琴音ちゃんはなんか手慣れてそうだけど、その……何人経験があるの?」
「ふふ、双葉ちゃんがわたしもはじめてよ。双葉ちゃんのことを考えながら、さんざん自分のことは慰めはしてきたけれど。だから今日は、しっかりわたしのはじめてをもらってね」
体を強張らせながら尋ねるわたしと対照的にお姉ちゃんの声はどこか浮ついていた。
わたしのパジャマのボタンを外し終えたお姉ちゃんの左手が今度はわたしの太ももを這う。その艶かしい動きにわたしは
「ッ!」
と変な声を出して体を飛び上がらせる。そんなわたしを見てお姉ちゃんは
「双葉ちゃんの反応、初々しくてかわいい」
と甘い声で呟く。そんなお姉ちゃんの目はとろんとしていて、明らかにいつもとは違った。
心臓がいつもに比べて早い。けれどそれは興奮や気持ちよさとは程遠い。うなじに嫌な汗が浮かぶ。すぐ隣にいるお姉ちゃんが、怖い。
――けれど頑張らなくちゃ。お姉ちゃんと特別であり続けるために。これは、わたしが受け入れるって決めたこと。
必死に自分に対してそう言い聞かせていた時だった。
「……もう無理。我慢できない」
お姉ちゃんがそう言ってきたかと思うと。
断りもなくお姉ちゃんはわたしの唇を奪って舌と舌を絡ませる濃厚なキスをしてくる。そしてそのままわたしはベッドに押し倒され、女の子の敏感なところを弄られて、強制的にへんな気持ちになってとびそうになる。
――い、嫌! だけど、我慢我慢我慢……。
念仏のように頭の中で唱える。
――そう言えば今回のアセットをしてくれたのはひかりちゃんだったな。
ふと頭にひかりちゃんの顔が浮かぶ。ひかりちゃんのためにもわたし、頑張らなくちゃいけないんだよね。そう思うと同時に、もう一つの違う考えが頭の中で首をもたげてくる。
――ひかりちゃんがいるのにわたし、こんなことしてていいのかな? こんなことしていいって、自分でほんとにそう思えるのかな。
その疑問はどんどんと大きくなっていく。それと反比例するように頭の熱は引いていき、興奮は冷めてくる。そして。
「……ごめん」
いい加減に冷え切った頭でわたしはわたしのことを積極的に攻めるお姉ちゃんの手首をつかむ。その瞬間、ぴたりとおねえちゃんの指の動きが止まる。
「ふ、双葉ちゃん……?」
驚いたようにわたしのことを見つめてくるお姉ちゃん。次の瞬間。
「ご、ごめん! わたし、双葉ちゃんとこういうことができるのが嬉しすぎて我を忘れていて、うまく加減ができていなかった。はじめてなのにがっつきすぎだったよね」
目を伏せて謝ってくるお姉ちゃん。けれどわたしはそれにゆっくりと首を横に振る。
「——うんうん、お姉ちゃん。そう言うことじゃないんだ。むしろ、謝るのはわたしの方」
そう言いながら、わたしは今度は逆にお姉ちゃんのことをベッドの上に押し倒し返す。するとお姉ちゃんとわたしは自動的に見つめ合うような構図になる。けれど、わたしから押し倒した意味はさっきのお姉ちゃんが押し倒してきた理由とは違う。真逆と言ってもいい。
「ふ、双葉ちゃん……?」
「やっぱりわたし、お姉ちゃんとはこういうことをする気になれないよ。わたしにとってお姉ちゃんはお姉ちゃんだし、その……本気ではじめてを捧げたい、好きな女の子ができちゃったから」
「……」
「というか、最初から本当はわかってたんだよ。お姉ちゃんと本気で恋人になれないって。お姉ちゃんを恋人としてなんか見れない、って。なのに、お姉ちゃんの妹でなくなるのが怖くて、恋人になる覚悟もないのに、軽々しく恋人になることを受け入れて、わたしなりに頑張ろうとしてみたつもり。けれど、根本的に無理があったんだよ。わたしじゃ、絶対にお姉ちゃんをそういう目で見れないから」
ようやく口にできた、わたしの本音。それにお姉ちゃんは涙ぐむ。けれど次の瞬間、お姉ちゃんは明らかに無理してるとわかる笑みを浮かべて言う。
「……そっか。全然双葉ちゃんの気持ちに気づいてなかった。これまで双葉ちゃんはわたしとは違う気持ちだったのに、わたしのために無理をしてくれてたのね。いっぱいいっぱい我慢して、わたしに夢を見させてくれたのね。——わたし、お姉ちゃんとしても、恋人としても失格だなぁ」
嗚咽混じりのお姉ちゃんの声にわたしはますます申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「……ごめんね、騙すようになっちゃって。ごめんね、お姉ちゃんと同じ気持ちになれなくて。そして、ごめんね、他の女の子を好きになっちゃって」
目を伏せるわたしにお姉ちゃんはゆっくりと首を横に振る。
「双葉ちゃんは悪くないの。思い返せば、双葉ちゃんから付き合いたいだなんて、一度も言ってなかったのに、無理矢理付き合わせちゃってたのよね。むしろ、双葉ちゃんのお姉ちゃんでもなんでもなくなる最後の最後に、踏み出す前に諦めていた夢を見させてくれてありがとう」
それから。おねえちゃんはちょっと躊躇ったような表情を見せてからわたしの体を起こして、それから頬に軽く接吻をする。その唇は、いつになく震えていた。
「ッ!」
いきなりのことに身体を強張らせるわたしにお姉ちゃんはぎこちなく微笑む。
「安心して、これは姉妹としてのキス。大好きだった妹が本当に自分のしたいことを叶えるための一歩を踏み出せるように、いってらっしゃいって気持ちを込めたキス」
「それって……」
接吻された頬をそっと撫でながらたずねるわたしに、お姉ちゃんは自分で脱がせたパジャマをそっとわたしに羽織らせてくれながら頷く。
「そう。わたしは双葉ちゃんに、ひかりちゃんに思いを伝えてきてほしい」
お姉ちゃんのその言葉にわたしは息を飲む。
「い、いいの……?」
「いいも何もないわ。わたしだって双葉ちゃんにばかり我慢させてまで、双葉ちゃんのことを束縛したいなんて思わない。そんな状態のまま付き合っても嬉しくない。そんなことよりも――大好きな妹の、はじめての初恋なのよ。姉で居られる最後くらい、お姉ちゃんらしく応援させてよ」
慈しむようにわたしを見つめるお姉ちゃんは、間違いなくわたしが大好きで、ずっと姉妹でいたいと思っていたお姉ちゃんその人だった。
——このお姉ちゃんの気持ちを無下にする方がダメだ。そんなことしたら、いよいよお姉ちゃんに申し訳が立たない。
そう思ったわたしは
「……ごめん、そして、これまでありがとう」
とだけ言い残して、振り返らずにお姉ちゃんの部屋を飛び出る。
「いってらっしゃい。そしてさようなら、双葉ちゃん」
お姉ちゃんが最後に何を言っているのか、わたしにはうまく聞き取れなかった。
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