第25話 ドキドキ⁉︎ 一緒のお風呂


 夕食後。片付けを終えるとわたしとお姉ちゃん、そしてひかりちゃんの3人はジュースやお菓子を飲み食いしながらボードゲームに興じたりと、お家デートなのか、ただの女子会なのかわからないことをしていた。


 そうしているうちに夜も更け、お風呂に入る時間になった。ここまで楽しかったけれど、あまり恋人っぽいことできてないな。そう思ったわたしは


「お姉ちゃん、久々に一緒にお風呂、入ってもいい?」


と提案してみる。正直、お姉ちゃんと一緒にお風呂に入ること自体はわたしにとってあまり特別じゃないし、ドキドキしたりもしない。けれどこのまま何もしないよりはマシだと思った。


 わたしが提案するとお姉ちゃんは


「えっ???」


と、ちょっと慌てふためく。けれど最終的には頬を朱色に染めて


「い、いいよ……」


と言ってくれた。



「一緒にお風呂に入るのっていつぐらいだっけ」


「ふ、双葉ちゃんが11歳の時くらい、かしら。それくらいになると二人で入るのは少し手狭になってきちゃったから」


 脱衣所で服を脱ぎながらわたし達はそんな会話を交わす。お姉ちゃんに見られるのも気にせずに下着とかを脱ぎ散らかすわたしに対してお姉ちゃんはわたしの視線を気にしつつ大切なところを2本しかない手で必死に隠す。そんな仕草が却っていやらしい……。


「その時からお姉ちゃんはわたしのことを性的な目で見てたの?」


「な、なっ!」


 わたしの何気ない疑問に驚いたような表情になったお姉ちゃんが振り向く。そしてわたしの顔を見ていたお姉ちゃんの視線は少し下にずれて控えめなわたしの胸の膨らみを暫く凝視した後、決まり悪そうに伏せられる。


 恋人としてお姉ちゃんと一緒にいる時にたまにお姉ちゃんが見せる、女の子としてわたしを見る目。その目がわたしは未だに苦手だった。その目をしてるお姉ちゃんはいつもの優しいお姉ちゃんと違って、ケダモノみたいでちょっと怖い。


 ――けれど今日は自分から誘ったんだから。


 そう自分を無理矢理納得させてぐっと飲み込むと。わたしは平静を装ったまま、浴室の扉を開けつつお姉ちゃんを揶揄う。扉を開けた瞬間、むわっとした温かい空気が全身を撫でる。


「ほら、今も。双葉のことを、女の子として意識してくれてる。どうなの?」


「……はっきりとしたことはわからないの。双葉ちゃんが小学校高学年になってだんだんと女の子らしい体つきになっていって、そんな双葉ちゃんを見るだけでお腹の下あたりが熱くなって、それでいて双葉ちゃんが他の女の子といるのを目にするとなんだか心がもやっとするようになっていって。最初はこの気持ちの正体がなんだかわからなかった」


 一糸纏わぬわたしから視線を逸らしつつ、お姉ちゃんも後から続いて浴室に入ってくる。


「……へんなの。双葉とお姉ちゃんって顔立ちも体つきもそんな違わないのに、双葉の体に興奮するだなんて」


「興奮するって……もう、双葉ちゃん」


余計に恥ずかしくなったようにお姉ちゃんは言う。


「他人から見ればそうかもしれないけど、わたしと双葉ちゃんからすれば、わたしはわたしで、双葉ちゃんは双葉ちゃん、でしょ?」


「それは、まあそうだけど」


 2つ並んだ椅子の一方に座ってスポンジを泡立てながら曖昧な返事をするわたし。そんなわたしにまた小さくため息をついてから、お姉ちゃんはわたしの隣に腰掛ける。


「話を戻すけど――最初わたしは、その気持ちが姉妹として当たり前の感情だと思っていた。でも中学生になって、だんだんと友達と恋バナをするようになって気づいたの。わたしが双葉ちゃんに抱いているこの気持ちが恋慕なんじゃないか、って」


「……うん」


 髪を洗いながら生返事する。


 それはわたしが一番わかっていた。わたしのお姉ちゃんに対する気持ちとお姉ちゃんのわたしに対する気持ちは似てるけど、根本的な次元で違っていたから。


「けれどわたしは双葉ちゃんをそうやって意識するようになった直後から、双葉ちゃんと一緒にお風呂に入るのを避けてたの。この気持ちが大きくなりすぎていつかわたしが我を忘れて双葉ちゃんを壊してしまうんじゃないか、っていうのが怖かったから」


 わたしよりも一足早く髪を洗え終えたお姉ちゃんはシャワーの蛇口を捻る。生温かい水流が泡立ったシャンプーを押し流し、艶やかな栗毛が姿を表す。軽く頭を振って水滴を落とし、首筋にお湯の滴ったお姉ちゃんは我が姉ながら絵になるな、とは思う。けれどこれは、お姉ちゃんのわたしに抱いている気持ちとは明らかな別物だと思う。


 そんな整った顔で何を思ったのかわたしのことを覗きこみ、まだシャンプーの残ったわたしの髪にそっと触れてくる。


「なのにこうして双葉ちゃんの方から誘ってくるってことは……期待しちゃっていいのかしら」


 そう言うお姉ちゃんの頬はお湯のせいか火照っていた。


 とくん、と胸が大きく高鳴る。けれどそれは恐怖にも近い感情。だからわたしは反射的に


「そ、そういうのは後でだから! ちょっと早すぎだよ」


と拒絶してしまう。直後。


 ――やっちゃった……。せっかく頑張ってここまできたお泊まりデートなのに。


後悔が心を黒く塗りつぶす。


 けれどお姉ちゃんは傷ついた様子もなく口元に人差し指を添えて、小悪魔のような笑みを浮かべる。


「確かに焦りすぎはよくないわよね。そういうのは身体を清潔にしてから、落ち着いたら場所でしましょうか」


「う、うん……」


 頷きつつも、出た後の予定が確定してしまったことに軽く絶望している自分がいた。

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