第22話 お泊まり会


 わたしとひかりちゃんが二人で出かけ、最後にディープキスを交わした翌日。ひかりちゃんは何事もなかったかのようにチャットをしてきた。


『東さん、今日のお姉様のデートも頑張ってください!』


『あんなことがあって、そしてひかりちゃんは本当はわたしのことを愛してくれているのに……なんでそんなことを言えるの?』


『昨日のこと……って、なんですか?』


そう言われるとわたしの方が夢を見ていたかのように思えてくる。


 けれどわたしはすぐに気持ちを切り替えられるわけもなく、日曜日のお姉ちゃんとの定例デートは終始、上の空だった。そんなわたしの気持ちを知ってか知らずか、お姉ちゃんは何も触れずにいてくれた。そしてその日、わたしとお姉ちゃんははじめて1回も口付けを、ましてやそれ以上の交わりもしないまま、デートとも呼べないデートを終えた。


 そんな状況をどこからか嗅ぎつけたのか、帰宅直後にわたしの携帯からけたたましい着信音が鳴る。発信者をみると、ひかりちゃんだった。


 ひかりちゃんがチャットでなく電話をかけてくるなんて珍しい。そう思って電話に出るなり


「東さん、今日のデートは散々みたいだったじゃないですか! お姉様、帰ってくるなり『双葉ちゃんに嫌われちゃったんじゃないかな……』って泣きじゃくってるんですよ。しっかりしてくれないと、その……困ります」


すごい勢いでひかりちゃんがわたしのことを叱って来る。ひかりちゃんにそう言われてわたしはようやく後悔し始める。


 昼間は自分のことを考えるのに精一杯だったけど、感じ悪かったよね……。そうわたしが今更遅い反省をしていると、電話の向こう側でひかりちゃんがため息を吐く。


「……今でも東さんはお姉様と特別でいたいと、恋人でい続けたいと思ってるんですよね?」


「……それは、まあ」


 一拍おいて、わたしは答える。多分わたしが恋愛感情を抱けるのはひかりちゃんだけ。でもその気持ちはお姉ちゃんと付き合っている以上封印しなくちゃいけないし、ましてやお姉ちゃんとの特別を失いたくなんてない。そのために自分が少しくらいすり減って、大切なものや気持ちを失ったとしても。


「なら荒療治ではありますけど……来週末、お泊まり会をしましょう。そこで、一気にお姉様と東さんの関係を進めるんです。もう後戻りできないくらいに、東さんがお姉様以外の女の子のことなんて考えられないくらいに」


 ひかりちゃんの提案にわたしは息を呑む。


「……って、どっちの家で? どっちの家でも無理だよ! お父さんかお母さんに二人でいるところを見られるだけでわたし達の関係は終わっちゃう」


「それが、来週末はお義母さまとお父さまは新婚旅行で不在にするんです。ほんとは家族旅行になる予定だったんですけど、こんなこともあろうかと、親二人で行って来るように誘導したんです。わたしはお姉さまと信仰を深めたいから、って。つまり、私さえ不在にすれば『今夜、うちに誰もいないんだけど……』ってやつになるんです」


「こんなこともあろうかと、って……」


 そうつっこみながらわたしの心は揺れる。外堀が埋められていて、逃げ場がない……。


「で、でも! ひかりちゃんはその日、お家にいるんだよね?」


「今のところは。ただ、それこそ友達のところに泊まったりしようと思えばできます」


 一縷の望みはあっさりと断ち切られる。


「……お姉ちゃんはわたしと1つ屋根の下で二人きりで一夜を過ごすことをどう思ってるの?」


「少し想像して頬を赤らめているときはありますけど、そんなこと叶いっこない、って思ってるでしょうね。お姉さまは抑制できる時は抑制できる方ですから、東さんから言い出さなければお泊まり会も実現しないでしょう」


「……」


「でも、逆に東さんから提案してあげたらお姉様は喜ぶと思いますよ。お姉様の『好き』はそういう意味の『好き』なんですから」


 迷わずにきっぱりと、ひかりちゃんは言い切る。


「ひかりちゃんはそれでもいいの? わたしがお姉ちゃんと、もう後戻りできないところまでしてしまっても」


「もしかして東さんは、私に止めて欲しいんですか?」


 試すように聞かれて、わたしは言葉を詰まらせる。そんなわたしにひかりちゃんは微笑を浮かべる。


「ちょっと意地悪なこと言っちゃいましたね、ごめんなさい。確かに私は東さんのことが今でも好きですよ。お姉様と東さんが恋人として一緒にいると、胸が少しチクリとするのも事実です。でも、自分でも悲しいんですけど、それと同時に私は、東さん姉妹のことを尊い、応援したいと思ってしまったファンの一人なんです。私の中には相矛盾した2つの感情があるけれど、そのどちらも本物です。本物だと思いたいんです。だから東さんがお姉様とえっちなことをしたとしたら傷つくとともに、嬉しいと思ってしまう自分がいるんです」


「ひかりちゃんって、マゾなの?」


「あはは、そうかもしれませんね。いずれにしても――私は大丈夫です。だから、最後は東さん自身が決めてください」


「お姉ちゃんともう後戻りできないところまでできたら……その時こそ、わたしはお姉ちゃんのことをお姉ちゃんじゃない、1人の女の子として見られるかな?」


 意を決して尋ねたわたしに、ひかりちゃんは思いの外あっさりと


「さあ?」


と言って来る。


「『さあ?』って……」


「私にわかるわけないじゃないですか。片思い歴4年、恋人いない歴イコール年齢、経験人数0人の私ですよ? 聞く相手を間違えてますって」


「あははは、確かにそうかもね。ーーでも、おかげで決心がついたよ。お姉ちゃんを不安にさせてしまった埋め合わせのためにも、そして自分の気持ちを確かめるためにも、わたしはお泊まり会の提案に乗る。けれど、1つだけいいかな?」


「はい、どうぞ」


 優しい口調で光ちゃんは言ってくれて、わたしは安堵する。


「その日、ひかりちゃんにもいて欲しいの。二人きりは、ちょっぴり不安だから」


「東さんって、たまにナチュラルに残酷なこと言いますよね。自分のことが好きな人に、他の女との一夜を明かす日に隣の部屋にいろ、だなんて」


「ご、ごめん……」


「ふふ、冗談ですよ。私がけしかけた物語ですもんね。責任を持って、私が最後まで見届けますよ」


 そうして、お姉ちゃんとわたしの3年ぶりのお泊まりは決まったのでした。

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