第18話 双葉の妹講座
とある日の放課後。生徒会の仕事を終えて校門を出たわたしは
「あーずまさんっ!」
「ひゃ、ひゃいっ! ――ってひかりちゃんじゃん」
白いセーラー服に身を包んだ黒髪美少女ーーひかりちゃんに出待ちされて、へんな声を出してしまう。こんな風にひかりちゃんに出待ちされたのはお姉ちゃんと喧嘩しちゃってひかりちゃんに仲を取り持って時以来だ。
「どうしたの、こんな平日にわざわざこんなところで」
「実は東さんに折り入って相談したいことがありまして。私の私的な悩み事なのですが、もし、もし可能ならば、今からちょっとお時間いただけませんか?」
くりくりとした目で懇願するように見つめてくるひかりちゃんに、わたしの答えは最初から決まっていた。
「もちろん! ひかりちゃんにはいつもお姉ちゃんとわたしのことでお世話になってるからね。わたしにできることだったらなんでも相談して。じゃあ早速うちに……」
「あ、場所は駅近の喫茶店とかにしてください。東さんのお家だとへんな気持ちになって、相談どころじゃなくなっちゃうので」
わたしの提案はなぜか最後まで言い切ることもできずに止められました……。
それから10分後。わたしとひかりちゃんは駅近くのとある喫茶店で向かい合って座っていた。
「最近、自分はお姉さまの妹として失格だなぁ、って思うことが多いんですよね」
運ばれてきたブラックコーヒーを啜りながら言うひかりちゃん。その強すぎる言葉にわたしはつい、ぎょっとしてしまう。
「妹失格って……そんなことはなんじゃない? お姉ちゃんとひかりちゃんは同い年だからよく学校でもお昼一緒に食べてるし、家ではお料理も一緒にしてるんでしょ。羨ましすぎ……じゃない、わたしからすると二人はお似合いの義姉妹に見えてるけれど。ちょっと悔しいほどに」
目の前にやってきた珈琲に角砂糖をぼこぼこと放り込みながら答えるわたしに、ひかりちゃんは曖昧な笑みを浮かべる。
「他ならない東さんにそう思われてるのはちょっぴり嬉しいですけど……でも、やっぱりお姉さまとわたしの感覚としては義姉妹になれていない気がするんですよね。お姉さまとわたしは同い年ですし、つい最近姉妹になったばかりだから、同い年の友達の域を出ない気がしていて」
「義理の姉妹だから一緒に刻んできた時間なんて最初からないのは当たり前だし、そもそも友達と義理の姉妹の違いなんてそんなにあるの?」
「でも、東さんはお姉さまの『妹』でいることを特別と感じていて、『妹』でなくなっちゃうのが怖かったんですよね?」
「そ、それはそうだけど……」
痛いところを突かれてわたしは言葉に詰まる。そんなわたしを見て、ひかりちゃんは慌てて
「あっ、別に東さんのことを責めたいわけじゃないんです。でも私じゃ、お姉さまと東さんみたいに、本当の姉妹にはなれないなぁ、って、ちょっと最近不甲斐なく思うことが多いだけで。そのことが、今度は間違えずに『お姉さん』として向き合ってくれようとしてくれるお姉さまに、そして本当はお姉さまの妹は自分一人で居たかった東さんに、なんだか申し訳ない。まあ、お姉さまと血の繋がりもなければ同じ産道すら通っていない私が、東さんと同じになれるわけがないんですけどね」
自嘲するような表情になるひかりちゃん。そんな彼女に、わたしはどんな言葉を掛けたらいいのかすぐには分からなかった。
「——だから、妹としては先輩である東さんに、どうやったらお姉さまに相応しい妹になれるのか、教えてほしいんです」
「ほへっ?」
急に話を振られて、またわたしはへんな声を出しちゃう。けれど、ひかりちゃんはわたしのことを期待するような目で見つめてくる。
「だって東さんは妹歴十五年の大ベテランですよね⁉ そんな東さんだったら、こんな私でも立派な妹にしてくれるんじゃないかな、って思うんです!」
「いや、妹歴15年って大袈裟だよ。わたしは生まれた時から妹で、別に妹になるために何か努力したことなんてないし。物心ついた時から1歳年上のお姉ちゃんがいるのが当たり前で、離婚する直前まで、その『当たり前』を疑うことすらなかったし」
「うわぁ、思いっきり才能に恵まれたタイプの台詞ですね。そういった、『自分、天才なんで凡人の気持ちとかよくわからなぁい♡』みたいなアドバイスが一番凡人の心に来るんですよ」
ジト目で見てくるひかりちゃんに
「いやいやいや、そんなつもりでわたし言ってないし⁉ しかも、妹の天才ってなに⁉」
と言い返すわたし。そんなわたしにひかりちゃんは小さく舌を出して「冗談ですよ、冗談」と言ってくる。心臓に悪いから本当にやめてほしい……。
それから。ひかりちゃんはまたしんみりとした口調に戻って
「そうですかぁ。まあ、姉妹なんて意識してなるようなものじゃありませんよね。義理の姉妹でもない限り」
と言ってくる。
「まあねぇ。でも、義理の姉妹だって、無理に姉妹になろうとしなくたっていいんじゃない? 再婚なんて言ってしまえば親の都合なんだし、高校生にもなればそれくらいの分別はつくよね? お母さん達にだってお母さんの人生があるから子供がとやかく言いすぎるのは違うと思うけれど、逆に子供も、親が再婚したからって最低限を超えて親の都合での再婚に、新しくできた家族に合わせすぎなくたっていいでしょ」
「うわぁ、東さんって、案外ドライですね」
「……それって褒めてる?」
「褒めてます褒めてます」
ひかりちゃんの言葉に今度はわたしがジト目になる。ほんとかなぁ? まあ、どっちでもいいけれど。
「……まあ確かに東さんが言っていることは正しいと思います。けれど私は自分の意思で、お姉さまの妹にちゃんとなりたいんです。それで、話は戻りますけど……結論として、東さんは妹として特に意識的になにかしたことはないんですよね」
ひかりちゃんの言葉にわたしは顎に手を添えて考え込む、
「うーん、そうだと思う。中学生くらいになった時から時たま、お姉ちゃんの気を引きたくて自分でもあざといなぁ、と思いながらかわい子ぶって見せたことは何度もあるけど」
「なんですかそのお話! 聞かせて、参考にさせ」
「それはきっと違うよ」
食いついてくるひかりちゃんに、わたしはぴしゃりと言い放つ。
「そもそも、ひかりちゃんとわたしじゃ、全然タイプが違うじゃん。わたしはお姉ちゃんについ甘えちゃう根っからの妹タイプだけれど、ひかりちゃんはしっかり者で、誰に対しても低姿勢で物腰柔らかだよね。そんなひかりちゃんとお姉ちゃんはある意味しっかり者で、一緒に家事をしたりなんてして、似た者同士のお似合いの姉妹だな、って思う。わたしはお姉ちゃんとそんな風にはなれないから、ちょっと違うけれどね。けれど、そんなひかりちゃんが大雑把で、あざとくて、ずるいわたしの真似なんかしたら……それはもう、ひかりちゃんじゃなくなっちゃうよ」
わたしの言葉にひかりちゃんは口を噤んで目を伏せる。その瞳は不安そうに揺れていた。
そんなひかりちゃんを見ていられなくて、わたしはつい彼女の手を取る。
「——もし、もしまだお姉ちゃんの『妹』になることが不安なら、わたしがひかりちゃんらしくお姉ちゃんの『妹』になるための練習に付き合ってあげる」
「えっ」
驚いたようにわたしのことを見上げてくるひかりちゃん。そんな彼女にわたしはウインクして見せる。
「今週の日曜……はお姉ちゃんとのデートが入ってるから土曜日! 今週の土曜日、空いてたりしない? 空いてたら、一緒にどこかに『姉妹として』出かける練習をしようよ。わたしがお姉ちゃん役をやるからさ。わたしとお姉ちゃん、髪型さえ一緒にすれば見た目はそっくりだし、お姉ちゃんの真似もしようと思えばできると思うし」
「そ、それって実質的に東さんとデートってことですか? どどど、どうしましょう! というかこれ、浮気になっちゃうんじゃ……」
急に頬を紅潮させて小声で何かを呟くひかりちゃん。けれどその声は小さくて何を言っているのか上手く聞き取れなかった。
「? 都合が悪かったり、わたしとそんなことをしたくないのだったら、無理に、というわけじゃな」
「そんなことないです! 土曜日は喜んで、東さんに捧げさせて頂きます! 不束者ですが、どうぞよろしくお願いします……!」
提案を撤回しようとしたわたしの台詞はひかりちゃんの言葉に遮られる。その圧に圧倒されながらもわたしは
「う、うん、わかった。じゃあ来週の土曜日、よろしくね」
と、たどたどしいながらも答えたのでした。
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