第17話 恋のPDCAサイクル
それからどれくらいの間、わたし達は深く交わり合っていただろう。どちらからともなくわたし達は唇を離す。
ディープキスを終えたお姉ちゃんは満足しきったような、恍惚とした表情を浮かべていた。引きつった表情を浮かべるわたしとは対照的に。そして。
「今日の双葉ちゃんは大胆ね。公共の場で変なことしないで、って注意してきたのは双葉ちゃんなのに」
と悪戯っぽく微笑む。そんなお姉ちゃんに、わたしは曖昧な笑みを浮かべる。
「……もう他の人はいないし。それより双葉、うまくできてたかな? 気持ち良かった……?」
恐る恐る尋ねるわたしに、お姉ちゃんは
「うん、もちろんっ! ちょっと慣れてないところは感じたけれど、それ以上にわたしのために双葉ちゃんが一生懸命頑張ってくれてるんだな、って感じられて、すっごく嬉しかった」
と、満面の笑みで頷いてくる。そんな可愛いお姉ちゃんが見れたことで、ちょっとは自分の気持ちを押し殺してらしくもないことをやった甲斐があったのかな、なんて思えた。
◇◇◇
その日の夜。わたしは電話で、ひかりさんに、今日のお姉ちゃんとのデートについて報告していた。
「ひかりさん、あの映画が割とガチな百合ものって知っててわたしに勧めてきたんですか?」
ジト目で抗議するわたし。けれど電話の向こう側のひかりさんは悪びれた様子もなく
「もちろん。これから東さんとお姉様がお付き合いする上で参考になるかな、と思って」
と言ってくる。
「ま、まあいい教科書にはなったけど……あれをみたせいでわたし、お姉ちゃんとディープキスする羽目になっちゃったんですからね!」
「……東さんはやっぱり、女の子同士でキスをすることに抵抗がありますか?」
急に1オクターブ下がった声でひかりさんに言われ、わたしは少しだけ言葉に詰まる。
「……別に女の子同士だから、って訳じゃないんです。今どき同性同士でお付き合いするのは珍しい話じゃないし。ただ、お姉ちゃんをそういう目で見られないというか、わたし、誰もまだそういう目で見れないんです。だから、いくら「好き」な人でもスキンシップ以上の特別な行為は本能的に拒絶感があると言うか……」
自分で言っていて情けなくて、申し訳なく思えてくる。そんなわたしを心配したようにひかりさんは
「それなら無理しちゃダメです。東さんだけが我慢するのは歪ですし、東さんが壊れちゃいます」
と心配してくれる。けれどわたしはその言葉を振り払って答える。
「ありがとうございます。でも大丈夫です。これまでずっとお姉ちゃんはわたしのために我慢してくれたのだから、今度はお姉ちゃんのためにわたしが少しくらいは我慢しないと。それに、お姉ちゃんのことは「彼女」でないとしても大好きなんです。きっとやっているうちに、お姉ちゃんと同じ気持ちになれるはずです。だから」
そこでわたしは言葉を切って深呼吸してから、わたしは告げる。
「わたしがお姉ちゃんの彼女にちゃんとなれるように、これからもいろいろ教えてくださいね、ひかり先生」
「……はい」
ひかりさんの返答にはなぜか微妙な間があった。
それからもわたしは、ひかりさんに時々アドバイスを貰いつつ、お姉ちゃんと『恋人』としてわたしの方から積極的にお姉ちゃんにアプローチをかけてみた。ディープキス、キスマークの付け合い、下で耳を舐め合ったりもした。両親の目を盗んでいるから夜を共にしないだけで、わたし達は姉妹からは完全にはみ出していた。
けれど、どんなに過激なことをしてみてもわたしはお姉ちゃんのことを『女の子』として見ることはできず、お姉ちゃんと『そういうこと』をしてる時、心は軋み、悲鳴を上げていた。
けれどお姉ちゃんの前のわたしは、『積極的で何一つ悩みのない、子犬のような1歳年下の彼女』を演じて、笑顔の仮面を付けていた。
そしてお姉ちゃんとデートが終わる度にひかりさんに電話をして、今日はあれができなかったとか、これができなかっただとか反省する。ひかりさんはその度に、わたしが彼女にうまくなれるように真剣に悩んでくれた。
もちろん、お姉ちゃんとの恋人としての電話も毎日続けていた。けれどお姉ちゃんとは電話やチャットでさえちょっと無理をして、演じなくてはできなくなってしまった。そんなお姉ちゃんとの会話より、素の『東双葉』として悩みを打ち明けられるひかりさんとの会話の方が心地よくて、段々とお姉ちゃんとチャットするよりもひかりさんにチャットすることの方が増えていった。
最初は年上だから、と敬語を使っていたひかりさんとの会話。けれど、打ち解けていく中でだんだんとわたしはひかりさんに敬語を使わなくなり、呼び方も「ひかりちゃん」か「ひかり先生」に変わって行った――。
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