第19話 双葉の妹講座 実践編 双葉side
そして迎えた土曜日。紺のワンピースに包み、いつもはサイドテールにまとめている髪を下ろした格好で、ちょうどひかりちゃんとわたしの最寄駅の中間にある駅のホームで待っていた。
服装と言い髪型と言い、普段のわたしらしくもなく清楚系で固めている。そんなわたしは、どちらかと言えばわたしというより普段のお姉ちゃんみたい。まあ、今日はお姉ちゃん役をやるためにあえてお姉ちゃんの普段のコーデや髪型に合わせてるんだけど。ふと電光掲示板に自分の姿が反射し、一瞬お姉ちゃんがここにいるのかと勘違いしそうになっちゃったくらい。
下りの電車がそろそろ来る旨のアナウンスが駅舎全体に響く。そろそろひかりちゃんがくるな。そう思ってコンパクトを取り出し、再度身だしなみをチェックする。うん、完璧にお姉ちゃんになれてるな。そう確信すると同時に、ホームに滑り込んできた電車の扉が開き、白いワンピースに麦わら帽子を身に着けたひかりちゃんが降りてくる。
「お待たせしちゃいましたね‥……って、この科白、ちょっと付き合っているカップルのデートみたいですね」
恥ずかしそうにはにかむひかりちゃんにわたしは溜息を吐く。
「そう勘違いしそうになって姉妹感が出ないから、わたしとしてはひかりちゃんにうちに来て欲しかったんだよ。お父さん、今週は土曜日の出勤だし、ひかりちゃんなら顔が割れてないからもしお父さんが早く帰ってきちゃっても友達だって言い張れるし。そもそもわたしとお姉ちゃんは離れ離れになるまでは休日はお家でまったり過ごすことが多かったし」
「だから、真昼間っから東さんと東さんのお家で二人っきりとか無理ですって!」
頑なにわたしの家に来ることを拒んでくるひかりちゃん。ここまで拒むなんて、一体ひかりちゃんはどんな想像をしてるんだろう。まあいいや。
「わかってるって。だから今日は、そんな我が儘なひかりちゃんに応えるべく、お姉ちゃんがちゃんと姉妹っぽいお出かけのプランを組んできてあげたんだから!」
胸を張ってわたしが言うと。ひかりちゃんは口元に手を当てて笑い出す。
「ふふふ。今日の東さん、見た目の雰囲気はお姉さまそっくりですけど、中身はやっぱり、東さんは東さんですね。どこか子供っぽくて、かわいい。ちょっと安心しました。——けれど、ちゃんと練習になるかはちょっと不安です」
いたずらっぽい笑みを浮かべてくるひかりちゃんにわたしは冗談半分で
「なにおー……って言いたいところだけど、それは当たり前だよ。わたしはお姉ちゃんのあくまで『妹』で、お姉ちゃんの代わりなんてできないから。でも、曲がりなりにもお姉ちゃんと十五年間一緒に暮らしてたんだよ? 姉妹としてのお姉ちゃんなら、誰よりも詳しい自信がある。だから安心してよ。——とりあえず、行こっか」
と言ってわたしはひかりちゃんに迷わず手を伸ばす。その手を、ひかりちゃんは驚いたように見つめる。
「え、これって……?」
「姉妹だって、手ぐらい繋ぐでしょ」
「で、でも、東さんと私は本当は姉妹じゃないですし……」
「今日のひかりちゃんは妹で、わたしはお姉ちゃん役なんだよ? 遠慮する方がむしろ妹っぽくないって。まずは形から入って行こ」
「は、はい……」
恐る恐る、と言った様子でわたしの手を取ってくるひかりちゃん。その手は思っていたよりきめ細かくて、柔らかくて、一瞬脳がとろけそうになる。ひかりちゃんの体温が直に伝わってくる。
——あれ、わたし、なんでこんなへんな気持ちになってるんだろう。ひかりちゃんにあんなこと言った手前、わたしの方こそしっかりしなくちゃ。
そう無理やりこみ上げてきた感情を意識しないようにして、わたしはひかりちゃんの手を引いて今日の目的地へと向かった。
今日の目的地は郊外のショッピングセンターだった。
「わたしとお姉ちゃんのお出かけと言うと、お洋服買いに来ることだったんだよね~」
「カップルで洋服選びに来るなんて、それってデートじゃないですかぁ」
「違う違う、そんなドラマチックなもんじゃないって。わたしのファッションセンスが壊滅的に終わってるから、毎年季節の終わりくらいに、わたしの洋服をお姉ちゃんが選びにきてくれたの。ひかりちゃんは……」
そこでわたしはひかりちゃんの全身を舐めるように見てみる。靴は少しヒール高め、涼しさを感じさせる純白のワンピースに、露出しがちな手にはちゃんと黒のアームカバーを身に着けている。そして麦わら帽子も農作業に使うようなものじゃなくてつばが小さめでリボンもお洒落なもの。その上ふんわりと花の香りも漂っているし、どうやらファッション音痴なわたしとは180度違う世界を生きてるみたい。
「……うん、お姉ちゃんに頼ることはないと思うけれど、たまには、一緒にお洋服とか見に来たらいいと思うな。そういうの、姉妹っぽいし……」
何とも言えない敗北感を感じながらわたしがとぼとぼと洋服店を後にしようとした時だった。なぜかひかりちゃんがちょこん、とわたしの服の裾を掴んでくる。
「あ、あの! せっかく来たんだから、1着ぐらい東さんだって、私に似合いそうな服を選んでくださいよ。それも練習、ですし」
ひかりちゃんのその言葉に、わたしの傷ついた心は少しずつ癒されていく。
「そこまで言うなら……もう、仕方がないなぁ」
口ではそう言いながらも、わたしは洋品店の隅から隅まで、目を輝かせながら見回す。
「ひかりちゃんには……うん、きっとこれが似合う!」
そう言ってわたしが差し出したのはクジラの着ぐるみを模したパジャマ。それに対してひかりちゃんは暫くぽかんとした表情をしたかと思うと、不意に吹き出し始める。
「ふふ、東さんって、こういうの好きですよね。去年のハロウィンもかわいい着ぐるみだった、ってお姉さま言ってましたし。確かに、こういうのを勧めてくるなら、デートっぽくなくて、あくまで姉妹のお出かけって感じですね。センスも東さんらしくて、かわいくて、そんな東さんが私のために選んでくれたなんて、嬉しい、です」
ん? ちょっと引っかかる気はするけれど……まあ喜んでくれてるみたいだし、いいかな。そんなことを想っていると
「私、これ買ってきます!」
と言ったかと思うと、ひかりちゃんはわたしからクジラのパジャマを受け取るとレジへと歩んでいく。その足取りはどこかスキップするように軽やかだった。
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