第14.5話 【実績解除】失恋しました ~とある少女の話2~


 それから間もなく。ひかりは琴音と双葉が1学年違いの姉妹だということを知った。二人は学校でも噂になっている、名物姉妹だった。クラスメイトはよく、琴音と双葉はどちらも優秀で、似た者同士の姉妹だと評していた。けれど、ひかりの考えは違った。琴音と双葉は確かに似ている。けれど、二人の性格は対照的なところがあった。


 落ち着いていて、誰に対しても優しく、気配りができて、勉強だけでなく運動もできて誰からも頼れる姉の琴音。天真爛漫で誰にでも臆せず話に行って、甘え上手で、勉強はできるけれど運動は苦手で、ちょっとサボリ癖があって、けれどそんなところも愛嬌に変えてしまうような妹の双葉。


 そんな対照的な二人だけれど、対照的だからこそ、琴音と双葉は綺麗に嚙み合って、二人は傍から見てもお似合いの姉妹だった。そして実際、二人は仲睦まじくて、学校でも姉妹同士のいちゃつきを隠そうともしなかった。朝・昼休み・放課後。ふと気づくと二人は一緒にいて、学校全体がそんな二人のことを温かい目で見守っていた。


 誰よりも双葉に近い特等席にいて学校でもいちゃつく琴音にひかりは最初、もやもやした感情を全く抱いていなかったかと言うとそれは嘘になる。ひかりだって、奪えるものだったら、琴音からその場を奪いたかった。けれどその気持ちは、仲睦まじい二人を見れば見るほど、だんだんと薄れていった。


 琴音といる時、双葉は誰よりも嬉しそうだった。そんな双葉の表情は他のどんな双葉よりも可愛らしかった。そんな双葉のことをひかりはますます好きになるとともに、女の子って大好きな人の傍にいる時が一番かわいいんだな、とひかりは思った。


 ——私は東さんを琴音さんといる時以上に笑顔にできるでしょうか? いえ、無理ですね。遺伝子レベルで、私は琴音さんに負けてるんです。だとしたら、東さんには一番、誰よりもかわいくいてほしい。私はそれを、壁に埋まってひっそりと見守れればそれでいいんです。


 そう思うと、琴音に対する対抗心・嫉妬心もすぅっと消えていった。そしていつしか、そんな東姉妹のことをひかりも、いつまでも見ていたいと思うようになっていた。


 それから1ヶ月後。ひかりは父親の転勤の都合で転校することになった。転校する時、ひかりの胸の中には、もう双葉の幸せそうな表情を見れなくなって辛いような、でも琴音と双葉が仲良さそうに二人でいるところをもう見ないで済むことにどこか安堵したような、相矛盾する感情が渦巻いていた。


◇◇◇


 2年後。度重なる引っ越しが祟ったのか、ひかりの母親が体調を崩し、間も無く亡くなった。妻を喪ったことでひかりの父親はぷつんと糸が切れたようになった。転勤続きだった仕事から転勤のない仕事に転職し、これまで仕事が生き甲斐のようだったのに、仕事に対してもまるでやる気を失ったように、生きる意味を失ってしまったようになった。


 そんな時にひかりの父親を支えたのは喫茶店で偶然出会った双葉達の母親だった。離婚と死別、原因は違うものの大切なパートナーを失った同士、共感できるところも多かったのだろう。二人はだんだんと惹かれあっていった。けれど、互いに互いのパートナーを忘れることはできなかった。


 そんな2人が再婚に至った発端は琴音達の母親が、自分には娘が一人いることを打ち明けたことだった。


 娘には仲の良い姉妹がいたが、超えてはならない一線を踏み外したことも原因で姉妹と離れ離れになってしまった。それ以来、娘は普段はなんでもないように振る舞いながらも正気を失ったようになってしまったことを話した。そしてもし同年代の女の子とまた同居できるようになったら、また娘は明るさを取り戻すかもしれない、血が繋がっていなければ同じ過ちを繰り返さずにむしろ都合が良いかもしれない、と。


 それを聞いてひかりの父親も、転勤はなくなったとはいえ毎日残業が多く、ひかりにはいつも寂しい思いをさせてしまっていることを話した。そして幼い頃からの転校続きでひかりは誰かと親しくなってもどうせすぐ別れるから無駄だと諦め、仲の良い友達を作ることが苦手で、どこか学校でも浮いてしまっている、と。そんなひかりに一生消えない『姉妹』という関係性の同年代の女の子ができれば、ひかりの寂しさも埋め合わせられるのではないか、と。そして2人は子供のために、『再婚』という手段を使ったのだった。



 ひかりはそんな父親の再婚に何の感情も抱かなかった。父が母親のことを忘れたわけではないことはわかっていたから父親のことを軽蔑することはなかったけれど、へんに自分に気を回してくれたことが特段嬉しいとも思わなかった。


 だから父親の再婚の話も直前まで話半分に聞いていて、再婚相手・そして義理の姉妹となる少女と初めて顔合わせをする時も、特別な感情など抱いていなかった。けれど。



 はじめての顔合わせのファミレスでこれから義理の姉妹になる少女の姿を見た時。ひかりは心臓が止まるかと思った。そこにいたのは栗色の髪をサイドテールにまとめた少女——ひかりの初恋相手の女の子である双葉とそっくりの少女がいたから。


 ――勝手に恋を諦めていた東さんと今度は義理の姉妹になるなんて、なんてわたしは幸せなんでしょう! 私が東さんの『お姉様』になれるなら、私にももう一度、東さんの特別に、一番になれるチャンスがあるってことですよね……?


 そう淡い期待を抱いたのも束の間だった。


「はじめまして。西園です」


 想像していたよりも少し低く落ち着いた声に、ひかりは背中に冷や水を浴びせられたような気持ちになる。


 ――そうですよね。東さんと私が姉妹になれるなんて、そんな都合の良い話なんてあるわけないですよね。しかもまた東さんと琴音さんを間違えるなんて、私は相当のお馬鹿さんです。


 そう自分を納得させようとした。けれど心に込み上げてくる感情の流れは止められなくて、涙で視界が霞む。


 ――このままだと涙も感情も溢れちゃいます。そんな顔をお父さん達に見せる訳には……。


 そう思ったひかりは「ちょっとお花摘みに行ってきます!」とあからさまな嘘を吐いたかと思うと、トイレの個室へと駆け込んだ。

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