第14.3話 【実績解除】女の子に一目惚れしました ~とある少女の話1~


今回から4話ほど第三者視点から書いています。ひかりの昔のお話です。

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 これは今から4年前の5月、琴音とひかりが中学2年生、双葉がまだ中学1年生だった頃の話。


 その日。双葉達の学校では体育祭があった。ひかりは2週間前に双葉たちの中学に転校してきたばかりで、まだ校舎の配置がよくわかっていない上に、そこまで仲の良い友人もいなかった。


 そもそも、ひかりは仲が良い友達を作るつもりもなかった。ひかりの父親は転勤族で、同じ学校にはそこまで長くはいられない。すぐに別れが来ることがわかっていながら誰かと仲良くなるのは別れが辛くなるだけ。そう割り切って、ひかりは最低限の関わりしかクラスメイト達と持とうとしなかった。


 そんな中、ひかりは競技後に軽い熱中症になってしまった。


 頭がぼーっとして足元がふらつく。そんな彼女を見てクラスメイト達は保健室へと連れて行こうか、と申し出てくれた。けれど、迷惑をかけるのが嫌だったひかりは「大丈夫ですから」とクラスメイトの申し出を丁重に断り、一人で保健室へと向かった。


 けれど、保健室の場所をよく覚えていなかったひかりは、頭が朦朧としていたこともあって案の定、迷子になってしまった。


 症状は悪化する一方なのに、時間だけが過ぎていく。強すぎる紫外線が気持ち悪い。


 ――もう私、ダメかもしれません。


 頭から倒れ込みそうになった、その時だった。ふわりと、誰かに優しく抱きしめられる。


「君、大丈夫? しっかりして!」


 遠くから聞こえる少女の声は風鈴の音のように涼しげで心地よかった。そんな見知らぬ少女の腕の中で、ひかりの意識は段々と薄れていった。



 次にひかりが目を覚ますと、そこには見知らぬ天井があった。額にはひんやりとした感触がある。そして。


「あ、目が覚めたんだ。良かったぁ」


 そう言って人懐っこい笑みを浮かべながら誰かが顔を覗き込んでくる。


 西陽を反射して金色に煌めく栗色の髪をサイドテールに結んだ彼女は、体育祭なのになぜか少し気崩した制服に身を包んでいた。彼女の胸元にはひかりの見覚えのない青いリボンがあった。そんな深い青色が、少女によく似合っていた。


 そんな彼女にひかりの胸はとくん、と大きく高鳴る。心臓の拍動が速くなり、全身に新鮮な血液が行き渡るのを感じる。


 ――なんなんでしょう、この気持ち。誰かにこんなに強い感情を抱くのなんて久しぶり……いや、はじめてかもしれません。


 これまでにひかりの中にはなかった感情に戸惑うひかり。そんなひかりを見て目の前の栗色の髪をサイドテールに結んだ少女は何を思ったのか、


「自己紹介がまだだったね。わたしは東双葉。君が死にそうになってたからとりあえず保健室に連れてきて介抱しちゃったんだけど、大丈夫だよね?」


「あっ、はい」


 寝起きだからか言葉がつっかかってうまく喉から出てくれない。と、その時だった。


「あーずーまーさーん! 体育祭だって立派な行事なんだから、いくら運動が苦手でも参加しなくちゃダメじゃない。って、なんでもう制服を着てるの⁉︎」


 白衣を纏った養護教諭が肩で息をしながら保健室に雪崩れ込んでくる。そんな養護教諭に栗毛の少女——双葉は口元に人差し指を添えて「しー!」と言う。


「めぐねぇ先生、静かにして! 体調が悪い生徒がいるんだから」


 双葉の言葉に養護教諭ははっとする。


「それは失礼したわ。東さん、ありがとう。でも、あとは先生が見ておくから東さんは早く体操服に着替えて競技に戻ること。いいわね」


 養護教諭に言われて双葉は「ちぇー」と不貞腐れたように言いながらもすごすご保健室茹でていく。けれど出ていく間際、


「じゃ、君。お大事にね。たまには人に寄り掛からなくちゃダメだよ」


 と、ウインクをしてくる。そんな天真爛漫で人懐っこい双葉に、ひかりの心は完全に撃ち抜かれた。これが、ひかりが人生ではじめて恋というものに落ちた瞬間だった。




 翌日から、ひかりは双葉のことを探し出した。保健室での会話を聞く限り養護教諭と双葉が妙に親しいことは推察できたけれど、養護教諭に双葉のことを根掘り葉掘り聞くのは自分が双葉に興味があることを告白しているように思えて、気恥ずかしくてできなかった。


 双葉のクラスも知らないどころか、学年も知らない。かといってそれとなく双葉のことを聞ける友達がいるわけではない。そんな中でひかりは、休み時間になるとこっそりとそれぞれのクラスを覗いて回って、命の恩人である『東さん』のことを探した。


 そんなひかりが双葉への手掛かりを見つけるのは意外と早かった。体育祭から3日後の昼休み。双葉を探してふと立ち寄った校舎の片隅のところで、水を飲み終わって口元をハンカチで丁寧に拭う、栗毛のサイドテールがよく似合う女子生徒をひかりは見つけた。彼女を見かけた途端、ひかりの胸は大きく脈打つ。


 ——あ、東さんがいます。今日も、ほんとかわいい。


 うっとりとしてそのまま見入ってしまいそうになる。けれどいつまでも見惚れていられない。ひかりは自分の頬をパンッ、と叩いて、気合いを入れ、そして勇気を振り絞って話しかける。


「あ、あの! 東さん、ですよね……」


「はい、わたしが東琴音です。どうかされました?」


 優しい微笑を浮かべながら発せられる、体育祭の日に聞いた溌溂とした声よりも少し低い、落ち着いた声音。刹那。ひかりの頭の中は真っ白になる。


 ——えっ、東さんじゃ、ない、のですか……。


 その時だった。


「あー、お姉ちゃん、こんなところにいたぁ!」


 この3日間、ずっとひかりが探していて、でも今は聞きたくなかった女の子の声が背後からする。振り返るとそこには、冷水器の横にいる少女とそっくりな、でも若干小柄な少女がいた。そう、彼女こそがひかりの恩人にして初恋相手の双葉だった。


 双葉の登場に、琴音の表情は太陽のように明るくなる。


「双葉ちゃん!」


「お姉ちゃんのこと、探してたんだからね! 体操服を忘れたわたしに体操服を貸してくれる約束でしょ」


 そう言いながら近づいてきた双葉はごく自然に自分の腕と琴音の腕を絡ませる。そんな双葉の表情は安心しきったものになっており、琴音も双葉のことを愛おしそうに見つめる。そんな二人を見て、ひかりの中で何かが崩れる音がした。


 その場にいるのがいたたまれなくなったひかりは


「ご、ごめんなさい……!」


とだけ言い残して、その場から逃げ出してしまった。



 ひかりが立ち去った後。


「今の綺麗な黒髪の子、お姉ちゃんの友達?」


 双葉が琴音に尋ねると、琴音も首を傾げる。


「わたしもよくわからないのよね。リボンの色的にわたしと同じ2年生みたいだけれど……わたしになにか話でもあったのかしら」

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