第14話 妹同盟


「そんなご両親の考えと私個人の考えは違います。私は、お姉様と東さんをはじめて知った時、こんなにお似合いの2人はいないな、って思ってたんです。特にお姉様の恋は応援したかった。だからあの時、けしかけるように『付き合っちゃえばいいじゃん』と言ったんです。せっかく2人は姉妹じゃなくなって、お付き合いしても許される立場になったんですから。でも」


 そこでひかりさんはいったん言葉を切って、遠くを見るような目をする。そして。


「東さんは違うんですよね? 今でも、お姉様のことを姉としか見れてないんですよね。お姉様の前以外だと未だに『お姉ちゃん』呼びなのも含めて」


 ひかりさんの指摘にわたしははっとする。ついつい気を許して、お姉ちゃんのことを『お姉ちゃん』呼びしちゃっていた……。


「あ、いや、これは違くて!」


「隠さなくていいんです。私も浅はかでした。二人がお似合いだって勝手に決めつけて、諦めて、二人を無理矢理くっつけようとして。でもそれは、一番肝心な東さん自身の気持ちを考えられていなかった。やっぱり東さんはお姉様と『姉妹』に戻りたいんですよね。お姉様の恋人になりたいわけじゃなくてわたしに流されるまま、そんな雰囲気になっちゃっただけですよ」


「……」


 その質問にわたしは答えられなかった。そのうちにもひかりさんは言葉を続ける。


「もし東さんがお姉様の妹に戻ることを望まれるなら、私はそれを全力で応援します。でももし仮に東さんがお姉様の恋人に戻りたいのだったら、それも、私ができる限りお手伝いします。私にどこまでできるかはわかりませんけど。だからーー東さん自身は、どうしたいですか?」


「……恋人って、どういうことをしたら恋人になれるのかな」


 質問に答えずに質問で答えてしまうわたしに、ひかりさんは驚いたような表情になる。けれどすぐに優しい表情に戻って、顎に指を添えて考え込む。


「そうですねぇ。私も初恋相手に告白もできずに失恋して以来、誰かとお付き合いしたことなんてないから正直、わかりません。けれど、もし、もし奇跡が起きて初恋相手と付き合えるならば、ゆくゆくはキス以上のこともしたいな、って思ってしまうかもしれません」


「ですよね……」


「でも」


 そこでひかりさんは一呼吸おく。


「姉妹のかたちに正解不正解がないように、恋人の在り方だって唯一絶対の正解はないんだと思います。出会ってから1ヶ月でそういうことをしなくちゃ恋人じゃないとか、そんなことはないですし、お姉様だって、東さんの気持ちを蔑ろにしてキスより先のことはしたくないと思います。もししてしまったら、後で深く後悔すると思います」


 不意にひかりさんがわたしの手をとって、手を包み込んでくれる。わたしのことを安心させようとしてくれるかのように。


「はじまりは少し気になる、程度でもいいんです。二人で『恋人』という関係でいることを決めたのならば、少しずつ愛を育んで、恋人として一歩ずつ進んで行けばいいと思います。私は、東さんとお姉様が『恋人』という関係を選んでも『姉妹』という関係を選んでも、二人を全力で応援します。私はずっとずっと前から、二人の頼れる友人キャラみたいなものなんですから」


 ふと、お姉ちゃんと付き合いはじめてからのことを思い出す。


 付き合い始めてからのお姉ちゃんはやたらと積極的だった。そしてキス以上のこともしたいような口ぶりだった。これまでそれは、お姉ちゃんが何事にも真面目なだけだと思ってた。もしくは、お姉ちゃんなりのジョークなんだろうな、って。


 けれど、言葉を濁してはっきり言ってくれなかったことをひかりさんが話してくれてようやくわかった。キスもデートも、本当はずっと前からお姉ちゃんがやりたいことで、キス以上のことがしたいのも本気だったんだ。


 お姉ちゃんとキス以上のことをしているところを想像してみる。でも、うまく想像できなかった。脳が想像することを拒んでいた。いや、だからといって他の女の子とそういうことをするとか、ましてや男の子と自分がそういうことをするのだって想像できないんだけど。


 けれども。


「——もしお姉ちゃんが恋人としてわたしのことを選んでくれたのならば、わたしだってできる限りお姉ちゃんの気持ちに応えたい。それに、一緒に住んでるわけでもないからわたしとお姉ちゃんはこれまで通りの姉妹同士に戻れないから。……ひかりさんは、こんなわたしのことでも応援してくれる? お姉ちゃんと仲直りするにはどうしたらいいか相談に乗ってくれたり、どうしたらもっと恋人っぽくなれるか、お姉ちゃんを満足させられるか、相談に乗ってくれる?」


 震えた声で尋ねるわたしにひかりさんは優しい微笑を浮かべて「はい」と答えてくれた。


 こうしてこの日、実妹と義妹の奇妙な同盟が生まれたのでした。


◇◆◇


 その日の夜。西園ひかりが家に帰り着くと。


「ひかりちゃん、今日はその……ありがとね。臆病なわたしの代わりに双葉ちゃんと話してくれて」


 制服姿から着替えることもなく玄関で待ち構えていた琴音が話しかけてくる。そんな琴音にひかりは澄ました顔をして


「何を言ってるんですかお姉様。私は勝手に人のカミングアウトをしてきただけですよ? 責められこそすれ、感謝される謂れはありません」


と悪びれる。そんなひかりに琴音はため息を吐く。


「そうやって一人で悪者になろうとして。ひかりちゃんはいつも控えめで、貧乏くじばっかり引きたがるところがあるわよね。今回だって、双葉ちゃんと仲直りがしたくて、でも自分で本当のことを伝える勇気がなかったから、ひかりちゃんに頼んだのじゃない」


 口を尖らせる琴音にひかりは肩をすくめる。


「それで……双葉ちゃんはどうだった? そして……わたしが双葉ちゃんのことをで見てることに引いてたりした……?」


 尋ねる琴音の声はわずかに上擦っていた。


「そんなことはありませんでしたよ。お姉様のことを全て受け止めた上で、お姉様と仲直りしたい、お姉様の恋人にちゃんとなりたい、と言ってました。だからお姉様も、いつまでも怖がってないで踏み出してください」


 義妹に叱咤激励されて琴音は緊張した面持ちで頷いた。

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