第13話 義妹訪問 2
話がしたい、と言うひかりさんと落ち着いて話すためにわたしが彼女を案内したのは、わたしの家だった。
「なんのお構いもできませんが、遠慮なく上がってください」
何の気も無しにわたしはそう言うけれど、ひかりさんは暫く愕然と玄関で立ち尽くしていた。
「ひかりさん?」
「……東さん。念のため聞きますけど、東さんとひかりさんが引っ越してこられたこの家に、お姉様を通したことはありますか?」
「あるわけないじゃないですか。お父さんに見つかったら怒られるなんてものじゃないですし」
わたしの答えに何故かひかりさんはこめかみに手を当てる。
「……こういう時って普通はカフェとかじゃありませんか。それを、女の子をいきなり家に連れ込むとか。しかも仮にも付き合ってる人さえ連れ込んだことがないのに。へんな気を起こさないで平静を保てる自信がないですよ……」
消え入りそうな声で何かをぶつぶつと呟くひかりさん。特に最後の方は何を言ってるのかよく聞き取れなかった。
「……何を気にしてるのか分かりませんけど、お姉ちゃん以外の友達ならよくうちに遊びに来ますよ? 生徒会の先輩とか後輩とか。だから、あまり固くならなくて大丈夫ですから」
わたしの返事にひかりさんは「そういうことじゃないです」と不満げに頬を膨らませたかと思うと、
「へんなことしないでくださいねっ! あと、何かあってもちゃんと責任をとってくださいね!」
と言いながら上がってくる。えっ、わたし、ひかりさんになんだと思われてるの???
居間で話すか自分の部屋で話すか迷って、結局自分の部屋に通す。わたしの部屋に入った途端、ひかりさんは物珍しそうにわたしの部屋を見回す。ごちゃごちゃしてるのが気になったのかな、と思っていると。
「かわいいものが多くて、女の子っぽいお部屋ですね。東さんらしい」
と表情を緩めながら褒められる。だからなに、その生暖かい目は⁉︎
「あ、あのぬいぐるみ」
そう言ってひかりさんが指さしたのは、ベッドの真ん中に我が物顔で鎮座した、オオサンショウウオのぬいぐるみだった。お姉ちゃんとの初デートの時に買ったぬいぐるみ。それを見て、わたしは苦笑してしまう。
「ああ、あれ……ひかりさんもお姉ちゃんから渡された時、可愛くないし戸惑いましたよね? ごめんなさい、あの時のわたし、ちょっとどうかしてて、ひかりさんに嫉妬しちゃって、意地悪になっちゃってました」
「い、いえ! そんなことないですよ。東さんが選んでくれて、お姉様が買ってきてくれて、すごく嬉しかったです」
しみじみとした表情で語るひかりさん。こんな優しい子にちょっとした意地悪をしてしまったことに、今更ながら罪悪感に刈られる。
「それにしても東さんもなんだかんだ言いながらぬいぐるみを大切にしてくれてるんですね」
「ま、まあ、意外と高かったし、せっかく買ったなら可愛がらないと勿体無いかと思って」
「嬉しいです。わたしもオオサンショウウオのことを東さんだと思って毎日一緒に寝てますよ」
心から嬉しそうに語るひかりさん。だからこの笑顔はなんなんだ。それにオオサンショウウオを誰かだと思って毎日愛でるなら、買ってきてくれたお姉ちゃんだと思うはずじゃない? と一瞬思ったけど、ひかりさんがぬいぐるみに向かって「お姉様、お姉様」と甘い声で囁きながら愛でているところを想像したらグーでひかりさんの美人顔を殴りつけたくなってきた。
「の、飲み物取ってきますんで!」
いったん頭を冷やさなきゃダメだな、と理性が警鐘を鳴らし、わたしは逃げるように部屋から出た。
それから暫くして。わたしがレモネードとブラックサンダーの載ったお盆を持って部屋に戻り、わたし達はようやく本題に入る。
「今日来たのは他でもありません。最近のお姉様と東さんがうまくいってないので、なんとか間をとりもてないかな、と思ってきたというのが理由です。お二人が付き合うように仕向けたのは私ですしね」
目を伏せるひかりさんにわたしは慌てる。
「そ、そんなひかりさんが責任を感じることはないです! 確かに最初に提案したのはひかりさんだったかもしれないけど、恋人になるって決めたのはわたしとお姉ちゃんですし、ひかりさんはわたし達のーーいや、わたしのことを思って恋人になることを提案してくれたのはわかってるんです。恋人にでもならないと、わたしはお姉ちゃんにとって、何者でも無くなっちゃうから」
「それが違うんです」
ぴしゃりと言い放つひかりさんにわたしは思わず口を噤む。
「二人を恋人にしようとした理由ーーそれは東さんのためじゃないんです。お姉様と、もっと言うと私の我儘なんです」
「それってどういう……」
聞き返すわたしに、ひかりさんは「これは本来、私から話して良いことではありませんが」と前置きしてから言う。
「お姉様はご両親が離婚する、ずっとずっと前から、東さんのことを妹としてじゃなくて女の子として見てたんです。その気持ちを無理矢理押さえつけて東さんのお姉さんになろうと日々我慢してたんです。本当はその先に進みたかったのに。そのことに東さんは……って、気づいてるわけないですよね、私の気持ちにすら気づいてくれない鈍感な東さんが」
思いもよらなかった告白に、ひかりさんは辛辣な事を言ってくる。
「そしてその気持ちは時々抑えきれなくなって、東さんと同居中、お姉様は東さんの髪の毛を集めたり、東さんが寝てるベッドに忍び込んだり、寝ている東さんの頬にキスするようになりました。その行動は日に日にエスカレートしていきました」
ひかりさんの語るお姉ちゃんの行動に、わたしはほんの一瞬だけ、「気持ち悪い」と思ってしまった。思ってしまってから強く後悔し、自分のことが嫌いになる。大好きなお姉ちゃんのことをほんの一瞬でもそう思ってしまった、自分のことが。
「ときに東さんは、なんで東さん達のご両親が離婚されたのか、その本当の理由をご存知ですか?」
「えっ……単純にお父さんとお母さんの仲が悪かっただけじゃ……」
わたしの答えにひかりさんは首を横に振る。
「その前に仲が悪くなる原因があったんです。それがお姉様の東さんに対する、異常とも言える愛でした。お二人とも女の子同士で付き合うことに忌避感があったわけじゃありません。現に東さん達のお母さんはお父様とお付き合いする前は女性の方と付き合ってましたし」
何それ。初耳なんだけど。
「けれどご両親ーー特にお父様は姉妹同士で恋愛感情を持つことに耐えられなかった。お姉様を巡ってお二人は何度も議論し、喧嘩したとお聞きしています。そして最終的に、東さんとお姉様を引き剥がすために二人は離婚することを決めたのです。東さんの貞操を守るために」
ひかりさんの話を聞いてわたしは背中に冷や水を浴びせられたような気持ちになった。
それって……わたしとお姉ちゃんが離れ離れになったのって、お父さんとお母さんが離婚したのって、わたしのせいってことじゃん。
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