第8話 【実績解除】お姉ちゃんの手作り弁当を食べることになりました


 そんな痴話漫才(?)はそこそこに、わたし達は早速お弁当を食べることになった。芝生にレジャーシートを敷き、お姉ちゃんが持ってきた重箱を広げる。


 重箱の中に入っていたのはお稲荷さん・ポテトサラダ・唐揚げ・筑前煮・さくらんぼ……と、わたしの好物ばかりだった。


「これって……」


 わたしが振り返るとお姉ちゃんはウインクしてくる。


「何年双葉ちゃんと一緒に暮らしてたと思ってるの? 双葉ちゃんの好きなものも嫌いなものも、敏感なところも弱いところも、全て把握してるわよ。だから今日はせっかくのデートなんだから、双葉ちゃんの好きなものを重箱に詰め込んできたの」


 あれ、なんだか最後に、清楚キャラのお姉ちゃんには似つかわしくないへんなのが混ざってなかった? 気のせいかな、気のせいだよね。そう自分で自分を納得させてから、わたしは顔を綻ばせる。


「そうなんだ……すっごく嬉しい!」


 そしてわたしは早速お稲荷さんに箸を伸ばそうとした時だった。わたしの箸はお姉ちゃんのお箸に振り払われる。


「これはデートなんだから、自分で食べようとしちゃダメ」


 そう言ったかと思うと、お姉ちゃんは自分の箸でわたした取ろうとしていたお稲荷さんをつまみ、わたしの目の前まで持ってくる。そこまで来てわたしはようやく、とある可能性に思い至る。こ、これって、まさか……。


「はい、あーん」


 言われるがままわたしは口を開けてしまう。すると食べやすい大きさのお稲荷さんが口の中に入ってくる。


 甘じょっぱい油揚げの味を舌が捉えたのもつかの間。至近距離で恍惚とした表情を浮かべたお姉ちゃんに見つめられることを意識してしまうと、一気に味なんてわからなくなっちゃう。


 なのにお姉ちゃんは


「どう? 美味しい?」


なんて聞いてくる。


「よく、分からなくなっちゃった」


「何それ」


 口元を左手で押さえてくすくすと笑うお姉ちゃん。一体誰のせいだと思ってるんだか。そう思うとわたしはお姉ちゃんに無性に仕返しがしたくなってきた。だから。


「こ、今度は双葉の番! 双葉も琴音ちゃんの彼女なんだから、あーんして食べさせてあげる。どれがいい?」


と、ゆすりをかけてみる。これでお姉ちゃんも少しは恥ずかしがるだろう、そう思っていたけれど。


「ありがとう。じゃあ、わたしは卵焼きを貰おうかしら」


と平然としていて、わたしがお姉ちゃんの口元に卵焼きを運んでも、一切動じた様子もなく、それどころか


「我ながら完璧な味付けね! しかも、双葉ちゃんに食べさせてもらったことでいつもより美味しく感じられる」


なんて恥ずかしいことを、恥ずかしげもなく言ってくる。


 ——動揺しちゃってるの、わたしだけじゃん!


 なんだかお姉ちゃんに負けたような気がして、ちょっと悔しくなった。



 それから。わたし達は重箱が空になるまで食べあわせ合った。やっているうちにちょっとは慣れきて、多少は味がわかるようになってくる。けれど、ドキドキするのは変わらない。


 単に栄養素を補給するという意味では非効率この上ない。けれど、間違いなくこれまでのどんな食事よりも心臓が煩かった気がする。ドキドキしすぎて、どっと疲れた……。


 一通り食べ終わると。


「でもやっぱり双葉ちゃんに自分の作ったご飯を食べてもらうのは嬉しいし、双葉ちゃんと食べると、他の誰と一緒に食べるよりもお料理がおいしく感じられるな」


 なんてことをお姉ちゃんが言ってくる。そんなお姉ちゃんに、わたしの頭の中に意地悪な考えが頭をもたげる。


「……別に琴音ちゃんは今だってひかりさんと一緒に、琴音ちゃんが作ったご飯食べてるでしょ。双葉がいなくたって」


 不貞腐れたように言うわたしにお姉ちゃんははっとして、それからゆっくりと首を横に振る。


「そんなことないよ。わたしは『妹と』じゃなくて、『双葉ちゃんと』って言ったの。もちろん、ひかりちゃんとは一緒に住んでるから毎日ご飯は一緒に食べてるよ? ひかりちゃんとわたしは誕生日が数か月しか違わなくて同じクラスだから、最近はお昼も一緒に食べてるし」


 思わぬところでお姉ちゃんとひかりさんがイチャイチャしているエピソードを聞かされてわたしの胸はぎゅっと締め付けられる。同じクラスになって、一緒にお昼を食べるなんて、そもそも1歳年が離れていて学年が違うわたしには絶対にできないことなのに……ひかりさん、羨ましすぎる。


「そしてひかりちゃんも、わたしのお料理を美味しいって言って食べてくれるわ。そもそも、ものぐさな双葉ちゃんと違ってひかりちゃんはお料理の段階から手伝ってくれるし」


「うっ、ぐはっ」


 姉妹で並んでキッチンに立っている話をされるとか、もうこれ処刑だよね? わたしが瀕死寸前のダメージを勝手に1人で受けていると。


「でも」


 そこでお姉ちゃんは言葉を切る。


「——やっぱり、わたしが誰よりも自分の料理を食べてほしいのは、双葉ちゃんなんだな、って今日改めて思った。双葉ちゃんは表情が豊かで、誰よりも美味しそうにわたしの料理を食べてくれる。『美味しい』って言ってもらっても、それがお世辞じゃないんだ、心から言ってくれてるんだ、って顔いっぱいに表現してくれるからわかるんだ」


 自分では全く気付いていなかったことをお姉ちゃんから言われて、わたしははっとする。わたし、無意識でそんなにお姉ちゃんの手料理が好きだったんだ。


 そして、お姉ちゃんははにかみながらさらに言葉を続けてくる。


「だからわたしはこれからも、双葉ちゃんのために手料理を作れたら嬉しいかな、なんて」


「……それって、告白?」


「うん、そう受け取ってくれても構わないよ? だってわたしと双葉ちゃんは付き合ってるんだし」


 お姉ちゃんの言葉にまた、わたしの頬はかぁっと熱くなる。4月の陽射しは、さっきまでと比べて少し強くなった気がした。

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