第7話 カノジョ、時々お姉ちゃん


 1週間後の日曜日。わたしとお姉ちゃんは、早くも2回目のデートに出かけていた。


 今日のデートコースは街から電車で1時間ほどの場所にある自然公園。そこでのハイキングが、今日のデートプランだった。


 4月中旬、天気は快晴、最高気温23度。今日は絶好のピクニック日和。なんだけど……。


「ぜぇ、ぜぇ、こ、琴音ちゃん、ちょ、ちょっと休憩していかない……?」


「もうっ、双葉ちゃんってほんとに体力ないわよね」


 早くも死にそうになっているわたしのことを、トレッキングウェアに身を包んだお姉ちゃんは腰に手を当てながら、ゴミを見るような目でわたしのことを一瞥してきた。わたし、別にM気質じゃないからそういう仕打ちで喜べないんだけど……。


◇◇◇


 学年が1つ違うから単純には比較できないけれど、わたしとお姉ちゃんの学力やスクールカーストにおける位置は大体同じくらい……だと思う。そして顔立ちもわたしとお姉ちゃんはそっくりで、中学生の時に離れ離れになるまでは、わたしが髪型まであえてお姉ちゃんの真似をしてたから、同じ学校に通っていた時、よく周囲からは似た者同士の姉妹だね、って言われてた。


 けれどお姉ちゃんとわたしには決定的な違いが一つだけあった。それはお姉ちゃん気質とかそういう概念的なものではなく、運動神経や体力と言う、絶対的なもの。


 そう、わたしは運動がてんでできないんだ。通信簿の体育の成績欄は1か2しか見たことがないし、ボールは友達どころか親の仇のように思ってる。プールでは25メートルすら泳ぎきれない。


 そんなわたしと対照的に、お姉ちゃんは運動神経抜群で体力もあるから、よく運動部の助っ人に呼ばれてる。そんなお姉ちゃんとわたしが体を動かすデートをしようとしたら、こうなるのもある意味必然だったのかもしれない。



「双葉ちゃんももう少し体を動かした方がいいんじゃない。というか最近、学校の体育以外で運動してる?」


「双葉がするわけないじゃん。する時間もないし」


「適度に身体動かさないと太っちゃうわよ。そう言えば最近の双葉ちゃん、ちょっと丸くなってきてる気が……」


「ふ、太ってないしぃ!」


 普段はスタイルなんてあんまり気にしないけど、好きな人から太っていると言われるのは心外だ。


 そんなオーバーリアクションするわたしに、お姉ちゃんは小さく吹き出す。


「ふふ、双葉ちゃんもそういうところは乙女なんだね。今のは冗談冗談。けど、双葉ちゃんにもっと体力つけてもらわなくちゃ困るのは事実かな」


「えっ?」


 急にしんみりとしたお姉ちゃんにわたしは思わずお姉ちゃんの顔を覗き込む。


 するとお姉ちゃんは照れたように目を伏せて


「だって、ゆくゆくは双葉ちゃんと山登りしたり、海に行ったりしたいもの。その時に一緒に遊ぶ体力がないと、困る……」


と可愛らしい事を言ってくる。


 ーー運動は嫌いだけど、お姉ちゃんの恋人でいるためにもっとがんばろ。


 そう思った矢先だった。


「それに……こ、恋人ってえっちなことをするわけでしょ。その時に、簡単にへばられたら困るっていうか、欲求不満になっちゃうというか……」


 お姉ちゃんの爆弾発言に、わたしは自分の貞操を守るためにもっと強くならなきゃな、と強く確信したのでした。



 少しベンチで休んだ後、わたしとお姉ちゃんはラベンダー畑をみて回り、そんなことをしているとお昼時になった。


「お昼はどうする? どこかのお店に入る? 何か屋台で適当に買ってきて芝生の上で日向ぼっこしながら食べるのも気持ちよさそうだけれど」


「それなんだけど……今日はお弁当を作ってきたから、お昼はそれにしない?」


「お弁当!」


 お姉ちゃんの口から出た懐かしい単語に、わたしは心が躍っちゃう。


 面倒くさがりなわたしと違って、お姉ちゃんは昔から料理上手で、わたし達がまだ家族だった頃にはお父さんと仲が険悪だったお母さんの代わりにわたしの分のお弁当をよく作ってくれた。あの頃はそれが当たり前だったから気づかなかったけれど、別居するようになってお姉ちゃんのお弁当がどれだけありがたいものだったかに気づかされた。


 そんな気持ちが顔に出ていたのか、わたしを見てお姉ちゃんも顔を綻ばせる。


「手作りお弁当も漫画や小説に書いてあったから試してみたけど、食べる前から喜んでもらえたみたいね」


「そりゃそうだよ! すっごく久しぶりだし、大好きな琴音ちゃんの手作りだよ? これでテンション上がらない人がそもそもいないでしょ」


「大袈裟よ。——それにしても、お父さんと二人暮らしするようになって、双葉ちゃんはお昼とかお夕飯とかどうしてるの? 自炊とかしてる?」


 ふと思い出したように尋ねてくるお姉ちゃんにわたしは言葉を詰まらせる。


「……菓子パンとかカップ麺とか、コンビニのお弁当とか……」


「嘘でしょ⁉ まあ双葉ちゃんとお父さんだったらなんとなく想像できてたけど、身体に悪いよ……」


 再びお姉ちゃんらしいことを言ってくるお姉ちゃん。今日、なんだかやたらお姉ちゃんに健康の心配されてるな。


「いやぁ、それは分かってるんだけど、面倒くさくて。で、でも、サプリとかで補うことにしてるから大丈夫」


「そんなのダメ! これからはわたしが双葉ちゃんのお家に毎日ご飯を作りに行って、双葉ちゃんの健康管理をしないとダメかしら」


 腕組みをしながら本気で悩みだすお姉ちゃん。そうしているうちに何を想ったのか、またお姉ちゃんは、ぽっと頬を赤らめる。


「……って、これって本物の通い妻みたいじゃない」


 自分から爆死して悶絶するお姉ちゃん。そんなお姉ちゃんもかわいいけれど、わたしはそんなお姉ちゃんをどこか一歩引いた目で見ていた。


 お姉ちゃんがわたしとお父さんが今住んでいる家に来るなんて、お父さんが許すはずもない。だからお姉ちゃんが語っていることは、いつまでも叶わない夢。そう思うと、なんだか寂しくなった。

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