第6話 お姉ちゃんと水族館デートすることになりました

それから。わたし達はお姉ちゃんの立ててくれたデートプランに従ってデートをすることになった。


「それにしても、初デートで水族館とかベタベタすぎない?」


水槽の中をふわふわと漂うクラゲを見つめながらわたしがつっこむとお姉ちゃんは


「今日が双葉ちゃんとの初のデートなんだから、最初は基本に忠実にすべきでしょ。応用編は基礎固めできてから」


と、実にお姉ちゃんらしい返事をしてくる。


お姉ちゃんはいつもそうだ。お姉ちゃんとわたしはどっちも比較的勉強ができて(自分で言うのもアレだけど)頭のいい方だけど、トリセツなんか一切読まずに感覚で突っ走るわたしと対照的に、お姉ちゃんはいつも落ち着いて、じっくり準備してから何事もやりたがる優等生タイプ。それはデート1つ取っても変わらないらしい。お姉ちゃんらしいな、とちょっと微笑ましくも思うけど、この先のデートの展開もなんとなく読めちゃいそうで、ちょっとつまらないかも。


そんなことを思っている時だった。


「——それに」


次の瞬間。お姉ちゃんはごく自然にそっとわたしの頰に口づけしてくる。


お姉ちゃんの柔らかい唇の感触を感じた途端。顔から火が出ているかのようにかぁっと熱くなる。


「ななな何公共の場でしてくれちゃってるの、お姉ちゃん⁉︎」


あまりに驚きすぎてお姉ちゃんに対する呼び方が元に戻っちゃう。けれどお姉ちゃんはさも何もなかったように平然と唇を離して


「薄暗いし、みんな水槽に夢中になってるから、ちょっと恋人っぽいことをしても誰にもバレない。多くの創作物で水族館デートが出てくるのも納得ね」


と言ってくる。


「別に水族館デートしてる漫画で水族館の暗がりを利用した接吻をした作品が多い訳じゃないからね⁉︎ ほんとやめてよね〜、今は誰にも見られなかったかも知れないけど、誰かに見られたら姉妹同士で付き合ってるって噂されちゃう」


「別に誰もわたし達二人を恋人だなんて思わないわよ。一方は思いっきりデートに向けておめかししてきたのに、一方はクソダサい普段着なんだもの。せいぜい、姉妹がじゃれついておふざけでやってる、程度にしか。……わたしとしては、ちゃんとカップルとして見られたいのに」


うわ、お姉ちゃん、わたしが今日のコーデに気合いを入れてなかったことを未だに根に持ってるみたいだね。なんか申し訳なくなってくる。


そんなことを考えてると。今度はお姉ちゃんが不意にわたしと手を繋いでくる。それもただの繋ぎ方じゃない。互いの指と指を絡ませる、いわゆる恋人繋ぎ。直に伝わってくるお姉ちゃんの温もりは、キスされてからようやく落ち着いてきたわたしの心臓の鼓動を再び早める。


「まあ確かに公衆の面前で女の子同士でキスをするのははしたないから、せめてこれくらいにしておきましょう」


ほくほく顔で言ってくるお姉ちゃんは、とてもとてもわたしと繋いだ手を簡単には解いてはくれなそうだった。


 その後、わたしは繋がれた手から感じるお姉ちゃんの熱を妙に意識してしまって、半分くらいしかお魚に集中できなかった……。


◇◇◇


 その水族館は展示が充実していて、間にカフェで小休憩を入れて一通り見終えた時には、日が傾いていた。そろそろデートも終わりの時間。


 帰り際、ショップでお土産を簡単にみて回る。


「お父さん達に買っていくと面倒なことになるから双葉は誰にも買って行かないつもり。……琴音ちゃんは誰かに買っていくの?」


 真剣に商品を見比べてるお姉ちゃんに話しかけると、お姉ちゃんは「うん」と頷く。


「流石にひかりちゃんには何か買っておこうかな、と思って。今日のデートのこと、ひかりちゃんにだけは話していたし、そもそもデートプランや準備もひかりちゃんには手伝ってもらったし」


 ひかりさんとお姉ちゃんが二人きりでデートの相談を楽しそうに相談してるところを想像してしまうと、心の中のもやもやがさらに大きくなる。


 ――当然だけど、ひかりさんはわたしの知らないお姉ちゃんを知ってるんだ。


 どす黒い思いが頭を掠めて、慌てて


 ――いやいや、今のお姉ちゃんの『妹』はわたしじゃなくてひかりさんでしょ。彼女に嫉妬するのはおかしいし、代わりにわたしはお姉ちゃんの彼女になれてるんだから、これ以上は欲張りすぎだよ。


と自分をなだめすかそうと試みるけど、どす黒い感情は心の中心に居座ったまま、動いてくれない。そんな嫉妬深い自分の小ささが自分で嫌になる。


 そんなわたしの心の内を知らないお姉ちゃんは無邪気に「ひかりちゃんへのお土産、この子どこの子のどっちがいいと思う?」と尋ねてくる。そう言ってお姉ちゃんが見せてきたのはカクレクマノミとアザラシのぬいぐるみだった。どっちも可愛らしくて、お姉ちゃんからそんなぬいぐるみをプレゼントしたら一生宝物にする自信がある。けれど。


「うーん、その子たちも可愛いけど、こっちの子の方がいいんじゃない?」


と、わたしはオオサンショウウオのぬいぐるみを指差す。そのオオサンショウウオのぬいぐるみは体表の模様がいやにリアルで、パッと見、可愛くない。言うまでもなくこれは、ひかりちゃんへのあてつけだった。


 なのにお姉ちゃんはそれに気づいていないのか


「じゃ、それにしよ」


とオオサンショウウオのぬいぐるみを2つ掴んでレジまで向かおうとする。


「ちょっ、待っ、ほんとにそれでいいの⁉︎」


 思わず口を挟んでしまうわたしにお姉ちゃんはきょとんとする。


「そうだけどどうかした? せっかく双葉ちゃんが勧めてくれたし」


「そ、そうだね……で、でも、なんで2つも⁉︎」


「それは……双葉ちゃんが好きなものを、わたしも持っていたいから」


 恥ずかしそうに目を伏せながら言うお姉ちゃん。ほんと、この子はいつもわたしの心を惑わせる。



 結局。わたしもあまり好みでないサンショウウオのぬいぐるみを買ってしまい、その日はわたし、お姉ちゃん、ひかりさん3人お揃いのサンショウウオを抱えて帰ることになったのでした。



 そして別れ際。


「双葉ちゃん、次はいつ会える……?」


 駅のホームで電車を待ちながら、不安そうに瞳を揺らすお姉ちゃん。その瞳は夕陽を反射して煌めいていた。そんなお姉ちゃんにごくり、とわたしは唾を飲んでまた、


「できれば来週も……少なくとも再来週には、また会って、一緒に遊ぼう?」


なんて言ってしまう。わたしのその返事に、お姉ちゃんは向日葵のようにぱぁっと顔を輝かせる。


「やった! じゃあまた、来週ね」


 そう言い残して、お姉ちゃんは逆方向の電車へと飛び乗る。


 ——お父さん達に合ってることがバレるリスクを考えるともっと慎重にならないといけないのに……わたし達、イケナイ子だ。


 一人で電車を待ちながら、わたしはそんなことを心の中で呟いた。

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