第3話 【実績解除】お姉ちゃんにファーストキスを奪われました
20分後。
ファミレスからカラオケに場所を移したわたしは、向かいに座ったお姉ちゃんを盗み見ながら、メロンソーダをちびちびと吸っていた。
薄暗い室内のスピーカーからは、曲を入れてなくてもやかましい音が垂れ流されて、部屋の中を満たしている。そんな中で、わたしはお姉ちゃんと気まずい雰囲気のまま向い合っている。因みに、この場所にひかりさんはいない。
わたしがお姉ちゃんの告白を受け入れた直後、
「それでは邪魔者はここで。百合の間に挟まるのは女子であっても許されないので!」
と、ひかりさんはよくわからないことを言い残していそいそと立ち上がった。そんな彼女をわたしは慌てて呼び止める。
「ちょ、ちょっと待ってよ! お姉ちゃんと恋人になるとして、一体、双葉たちは何をすればいいの? 双葉とお姉ちゃんが付き合うようにけしかけたんだから、それくらい教えてよ!」
縋りつくようなわたしの言葉にひかりさんは顎に手を添えて小首を傾げる。悔しいけれどこの子はそう言った仕草も画になって見惚れそうになる。わたしだって女の子なはずなのに。
「別に唯一絶対の正解があるわけじゃないんですけど……ホテルとかカラオケとかがいいんじゃないですか。カラオケは薄暗くて、何かしてても 音をかき消してくれますし」
——この女、澄ました顔してまたとんでもないこと言いやがる。
「そ、そんなことは双葉とお姉ちゃんはしないから!」
「そうですか。まあ、あとはお二人でご自由に」
それだけ言い残すとひかりさんはファミレスの代金を置いて立ち去って行った。
そしてファミレスの精算を済ませて他に行く宛てがなかったわたしとお姉ちゃんは哀しいかな、ひかりさんのアドバイス通りカラオケに入ってしまったのだった。別にへんなことするつもりなんてないけどね!
カラオケに入ってから早くも10分が経過しているけれど、わたしもお姉ちゃんも曲を入れることなく沈黙の時間が続いていた。そんな沈黙を破ったのはお姉ちゃんの方だった。
「——双葉ちゃんは、わたしにひかりちゃんのことを紹介してほしくなかった? ひかりちゃんと会いたくなんてなかった?」
お姉ちゃんの疑問への答えに、わたしは少し逡巡する。
「うーん、どうだろ。やっぱりお姉ちゃんに義妹ができたことはショックだった。けれど、本当は義妹がいるのにそれを隠して何の変りもないように接されたらそっちの方がもっとショックだったから、紹介してくれたこと自体は嬉しい、かな。ひかりさん、ちょっと変わってるけれどいい子っぽいし」
「そうよね! わたしもひかりちゃんとは出会ってからまだ1週間だけど、ひかりちゃんはすごく素直で、気配りができるいい子で。昨日もアップルパイを作るのを手伝ってくれて」
優しい表情になったお姉ちゃんの口から語られるひかりさんはお姉ちゃんに甘えてばかりだったわたしとは対照的で、既に弱り切った心にグサグサと突き刺さってくる。そしてお姉ちゃんと一緒に住んでいるひかりさんはこれから先、もっともっとお姉ちゃんと同じ時を重ねて仲良くなって行くんだろう。その光景を想像すると、なんだかやるせ無い気持ちに襲われる。
「やっぱりお姉ちゃんは、甘えん坊な双葉より、しっかり者のひかりさんみたいな妹の方がいいんだ」
自分でも驚くくらい低い声が出る。それにお姉ちゃんははっとする。
「ごめん、双葉ちゃん。わたし、そんなつもりじゃ……」
「いいよ別に。お姉ちゃんは何も悪くない。双葉がひかりさんに比べて劣っているって言う、ただそれだけだから」
「双葉ちゃん……」
お姉ちゃんがそう呟いたかと思うと。
次の瞬間、わたしは何が起こったのかすぐには理解できなかった。数秒経ってようやく理解する。今わたし、お姉ちゃんに押し倒されてる……?
「ちょっ、お姉ちゃん? これはどういうこと⁉︎」
「これだけ双葉ちゃんを不安にさせちゃったのはわたしのせいだし、責任取るよ。もう二度と後戻りできない、『特別』になろ? ーー歯止めをかけられなくなっちゃうかもしれないけど」
そう迫ってくるお姉ちゃんの顔は上気していて、触れていなくても微かな熱が伝わってくる。
「い、いったん落ち着こう? 意地悪言っちゃった双葉が悪かったから! はじめては大事にしなくちゃダメだよ。なし崩しに失くしていいものじゃない」
「わたし、双葉ちゃんにだったら、どんなはじめてでも捧げていいよ」
「だから、わたしもはじめてなの!」
「ならむしろ、双葉ちゃんの初めてがほしい」
わたしのことを押し倒すお姉ちゃんの瞳はなにかに憑かれているかのようにとろんとしていた。そして――お姉ちゃんの柔らかい唇がわたしの唇に触れて、17年間、いつか心から好きになった人のために大切に取っておいたわたしのファーストキスが奪われる。
唇と唇が触れ合った瞬間。わたしの脳には電撃が走ったような感覚に襲われて、これまで考えたことが全て吹き飛ぶ。ただただ甘美な気持ちだけが、わたしの脳を塗りつぶしていく。
ーーお姉ちゃんの唇って柔らかいな。好きな人と口付けをするって、こんなに気持ちいいことだったんだ。
ふわふわとした頭でそんなことを考えていると、気づいたらお姉ちゃんはわたしから唇を離していた。そんなお姉ちゃんの頬は林檎みたいに真っ赤だった。
「……お姉ちゃんって、思ってたより意外と大胆だね」
「ふふ、双葉ちゃんとはじめて、しちゃった」
恥ずかしそうに、でもちょっぴり嬉しそうに笑うお姉ちゃん。
「これで双葉ちゃんは妹じゃなくなってもなくらない、唯一無二の『特別』になれたんじゃないかしら。そしてこれからも、遠距離恋愛だからすぐには難しいかもしれないけど少しずつ、わたし達のペースで『特別』を積み重ねていきましょう? 少なくともわたしは、双葉ちゃんの『特別』であり続けたいな、って」
お姉ちゃんのその言葉に、キスをする前に悩んでいたことなんてどうでもよく思えてきた。
「うん。これからも宜しくね。お姉ち……じゃない、琴音ちゃん」
「えっ?」
いきなり呼び方を変えたわたしにお姉ちゃんは目を丸くする。そんなお姉ちゃんにわたしは照れ隠しに頬を掻く。
「だって琴音ちゃんと双葉は姉妹じゃなくてお付き合いするんでしょ。だったらいつまでもお姉ちゃん呼びはおかしいかな、って」
「ふ、双葉ちゃん!」
感極まったようにお姉ちゃんが抱きついてくる。本当はお姉ちゃんの温もりがすごく嬉しかったけれど正直に言うのは恥ずかしくてわたしは澄ました顔で
「はいはい。これからは恋人として宜しくね琴音ちゃん」
とだけ答えた。恋人がどんなものか、まだイマイチわかってないくせに。
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