「藤堂?」


 リンゴ飴を買わされてから、わたあめまで買わされて、「もうお前達だけで遊んでこい」と無理矢理女子生徒達から離れたあと。



 ブラブラと参道を歩いていたら、担当するクラスの女子生徒を見つけて思わず声を掛けてしまった。



 自ら声を掛けたのは、藤堂が彼女の友達だったから。



 藤堂は金魚すくいの夜店の横で、キョロキョロと挙動不審に辺りを見渡していた。



「あっ、渋谷先生、こんばんは」


「うん」


 藤堂の挨拶になまくらな返事をしてしまったのは、彼女が一緒にいるかと思って周りに目を配らせてたから。



 でもどうも藤堂はひとりらしく、彼女の姿はどこにもない。



「藤堂、ひとりか?」


「はい」


「ひとりで来たのか?」


「家族とです」


 普段からのんびりとしてる藤堂は、のんびりとした声で答え、



「今、甥っ子探してて」


 また人混みに目を配り、辺りを見渡す。



 彼女とは別で来たらしい藤堂は、甥っ子が迷子になって探してるらしい。



「迷子か」


 当てが外れて少し残念に思った俺の言葉に、藤堂は「はい」と答えて、足許にある金魚が入ってる水槽に視線を向けた。



「先生、金魚すくい得意ですか?」


「え? 何で?」


「この金魚すくい、ジンクスがあるらしいんです。あっ、違った。金魚すくいにじゃなくて、ここにいる金魚に」


「金魚にジンクス?」


「はい。この神社ってジンクスがあるの知ってます? 並んで花火を見たら仲良くなれるとか、神社の裏の松の木の下でキスしたら永遠に一緒にいられるとか」


「まあ、聞いた事はある」


「そんなジンクスがあるこの神社にあやかって、この金魚すくいの金魚にもジンクスがあるんだって、おじさんが」


「おじさんってどこの」


「さっきここで金魚すくいしてたおじさん」


「…………」


「おじさんが言うには、この金魚すくいの黒は全部オスで、赤は全部メスになってて、黒と赤をすくって大切な人にあげたらいい事があるんだって」


「いい事って何だ」


「さあ?」


「……うん。そうか。あのな、藤堂。知らないおじさんの言う事を鵜呑うのみにしちゃダメだ」


「でもおじさん、奥さんにあげるんだって言って、赤と黒の金魚すくって帰りましたよ?」


「……うん。だとしても、だ。知らないおじさんの言う事を鵜呑みにしちゃいけない」


「はーい」


「先生は、そのうち藤堂が誰かに誘拐されるんじゃないかと心配だ」


「うちは身代金とか払えるようなお金持ちじゃないからされないですよ?」


「そういう問題じゃなくてだな。そもそも今時の誘拐は目的が金だけじゃ――」


「それでね、先生」


「いや、俺の話を聞けよ……」


「いい事があるなら、あたしも金魚が欲しくって」


「大切な人にあげたいのか?」


「はい。お兄ちゃんとお姉ちゃんと甥っ子に。でもそうすると六匹も取らなきゃいけなくて、何回か挑戦したんだけど一匹も取れなくて」


「…………」


「それでも一生懸命やってたらあたし――」


「藍子いた!」


 藤堂の言葉を遮る、後方からぶっ飛んできた大声は、分かりやすい子供の声。



 驚きから振り返った視線の先に、人混みを掻き分けてこっちに向かって走ってくる男児が見えた。



「藤堂、あれが甥っ子か?」


「はい。そうです。――たくちゃん!」


 幼稚園児か小学校低学年くらいのその男児は、勢いよくこっちに走ってきて、藤堂の呼び掛けに「おう!」と手を挙げて駆け寄ると、「迷子になんなよ、藍子!」とのたまった。



「……え? 藤堂が迷子?」


「一生懸命金魚すくってたら、いつの間にか家族みんないなくなっちゃってて」


 思わず声に出してしまった俺に、藤堂は恥ずかしそうに笑って、高校生とは思えない注意力散漫ぶりを見せる。



 こんな奴の担任を、あと二学期もやっていけるのかと、教師生活の不安を覚えた。



「母ちゃんも翡翠ひすい君もすんげえ探してんぞ?」


 明らかに藤堂よりもしっかりしてる藤堂の甥っ子は、「社の方にいるから行こうぜ」と藤堂の腕を引っ張る。



 藤堂は引っ張られるままに歩を進め、「先生、また!」と手を挙げて、そのまま人混み中に消えた。



 台風一過というべきか、急にひとりにされた事で、何だか妙に手持無沙汰な気分になる。



 早いとこ彼女に電話した方がいいかもと、とりあえず社の方に向かう事にした。



 のだが。



「…………」


 今聞いた、金魚すくいの話が頭を過ぎる。



 大切な人に渡すといい事があるらしい金魚の話。



 十中八九嘘だろう。



 おじさんとやらの作り話だろう。



 そもそもいい事があるっていうのが、渡した側か渡された側かも分からない。



 そんな話を信じる方が間違ってる。



 とは思うけど。



「おじさん、一回いくら?」


 悪い話でもないんだから、手持無沙汰解消にちょっと挑戦してみる事にした。



 金魚は意外とすくえなかった。



 今までの人生にいて、こんなにも真剣に金魚すくいをしたかって思うくらいに真剣にやってるにもかかわらず、すくえない。



 いつの間にやら俺の周りには学校の生徒が集まってきてて、「あっちがすくい易そうだよ」だの、「こっちがいいよ」だのと騒ぎ立ててた。



「渋谷先生、鈍臭い!」


「待て、次はいける!」


「そっちじゃないよ、こっちこっち」


「どっちだよ」


「それじゃないってば、先生!」


「色々言うな、集中出来ん」


「先生、それ取れたらあたしに頂戴?」


「無理」


「いいじゃん、頂戴よ」


「彼女に渡す為にすくってるから無理」


「えー、ケチ」


「お前らもういいから、花火見に行ってこいよ」


「先生、一緒に花火見に行こ?」


「これ、すくってからな」


「もういいじゃん」


「絶対すくってやる」


 結局それから何分も金魚と激しく格闘して、赤と黒の金魚をすくうのに、三千円も使っていた。

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