祭りに行くなんて、随分と長い間なかった。



 ここ数年は恋人もいなかったからカップルのイベントのひとつとして来る事もないし、この年になったら友達に誘われる事もないから、もう何年も来てなかった。



 だから。



「マジか……」


 祭りをナメてた。



 鳥居の前には溢れんばかりの人、人、人。



 見てるだけで人酔いしそうな光景に言葉を失った。



 何が嬉しくてこんなに群がってきたんだろうかと、不思議に思う。



 今時祭りなんて珍しくもないだろうに。



 この中から彼女を探すのは無理だとすぐに諦めた俺は、あとで電話するしかないと決めて腕時計に視線を落とした。



 六時五十分。



 彼女はもう中にいるんだろうか。



 何時に行くのか時間までは聞いてなかった事を今更ながらに後悔する。



 それでも、今いなくても八時の花火までには来るだろうと、とりあえず中に入る事にした。



 人混みがウザい。



 汗ばんだ他人の腕が当たる感触が気持ち悪い。



 参道に足を踏み入れた早々に、来た事を後悔し始めた矢先。



「あっ! 渋谷先生だ!」


 やっぱりな――と思う事に出くわす。



 声が聞こえてきた方向に目を向けると、名前は覚えてなくても見覚えがある女子の群れ。



 勤め先の高校の女子生徒達が、こっちに手を振り駆け寄ってくる。



 まあ最初から、これは覚悟の上。



 学校近くにあるこの神社の夏祭りに、うちの学校の生徒が来てない訳がない。



 高校生っていったらこういうイベントが好きだろうから、ここぞとばかりにやって来るんだろう。



 だから会うのは分かってた。



 会えば声を掛けられるのも分かってた。



 声を掛けられたら、



「渋谷先生、もしかしてひとり!? あたし達と遊ぼうよ!」


 誘われるのも想定してた。



 五人組の女子生徒は返事も聞かずに俺の腕を取り、「先生、リンゴ飴買って! リンゴ飴!」と、女子高生パワーと呼ぶに相応しい物凄いパワーで、普通なら歩くのも困難な人混みを、周りの人を蹴散らして進んでいく。



「お前ら安月給の教師にたかるなよ」


「んじゃ、あたしが先生の分も買ってあげようか?」


「いや、それはそれでどうなんだって話だ」


「でしょ?」


 何がそんなに楽しいのかと思うほどケラケラと笑う女子生徒達はハイテンションで。



 そんな生徒達を見ながら、これがこの年頃のあるべき姿なんだろうと思う。



 俺は彼女にこんな風に楽しそうな顔をさせてやれない。



 こんな風に堂々と、俺の腕を取って歩かせてやる事も出来ない。



 彼女は俺と付き合ってる事で、彼女のあるべき姿を封印し、無理矢理俺に合わせて毎日を送ってるんだと痛感する。



「先生、リンゴ飴、リンゴ飴!」


「はいはい」


 だからたまには彼女にも、この女子生徒達の半分くらいは、楽しそうな顔をさせてやりたい。



 そう思うのは俺のおごりなんだろうか。

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