8
花火が終わると今度は出口に向かっての大行進が始まる。
しかも一箇所に
ぶつかるのは当たり前。
足を踏まれるのも当たり前。
酷い時には肘鉄を食らう時もある。
そんな混雑の中を今度は夜店に寄りながら鳥居の方に戻ろうっていうあたし達は、最初からはぐれる事を想定してた。
先に、「はぐれたら、狛犬の前集合」と決めた分、行きの時よりかなり学習してる。
先頭はやっぱり麻里亜と長嶺。
でも二番手は、一緒に花火を見てすっかり打ち解けた――と本人は思ってる――伊織が飯垣の隣をキープ。
あたしは行きと同じく最後尾で、あたしだけ溢れてしまった感が満載。
それでも友達ふたりは楽しそうだから、それでいいかと思う。
あたしはどっちにしたって心底楽しめる訳じゃない。
何をしてても彼氏の事が頭のどこかにある。
いつもいつも彼氏の事を考えてる。
とりあえずははぐれないように、伊織と飯垣の背中を追い掛けた。
ひとりではぐれるのは寂しすぎるから、結構必死で追い掛けた。
人の波はゆっくりとでも確実に前に進むから、モタモタしてると波に呑み込まれてすぐに目的が見えなくなってしまう。
「ま、待って」
消えそうな背中に掛けた声は、祭囃子とざわめきに掻き消される。
「ちょ――」
でも、ひと際大きな声で呼び止めようとした言葉を止めたのは、聞こえないだろうから無駄だと思ったからじゃない。
呼び止めるのを止めたのは、手に持ってたスマホがブルブルと震えたから。
人と人の隙間で無理矢理に手を動かし、スマホの画面を見ると、通話着信の表示。
着信相手が「彼氏」と表示されてたから、あたしは慌てて通話ボタンを押した。
「も、もしもし!?」
『俺だけど』
声が掻き消されないように大きな声を出したあたしに、聞こえてくる彼の声。
ちょっと笑ったような柔らかい声が耳に心地好い。
「ど、どうしたの?」
『どうしたって何が?』
「で、電話してきてくれたの初めてだから」
『そうだっけ?』
「そうだよ、いつもあたしからばっかりで――」
『ちょっとだけなら会えるよ』
「――え?」
『ちょっとだけでもいいなら会える』
「い、今?」
『うん。無理ならいいけど』
「む、無理じゃない! 全然無理じゃない! どこ!? どこにいるの!?」
『そう慌てんな。逃げたりしないから』
クスクス笑って場所を指定した彼に、「すぐ行くから待ってて!」と言って電話を切ったあたしは、そのままみんなからはぐれる為に足を止めた。
伊織と飯垣の背中がどんどん人で埋まっていく。
あの背中が見えなくなったら走っていこうと決めた矢先、あたしがついて来てない事に気付いたのか飯垣がチラリと振り返った。
でも飯垣は、明らかに自分の意思で立ち止まってるあたしを見るとすぐに前に向き直り、何も言わずに進んでいく。
伊織と飯垣の背中はあっという間に見えなくなって、あたしはくるりと方向転換をして、向かってくる人の流れを逆行した。
あたしには大切な想いがある。
余りにも大切すぎて誰にも言えない想いがある。
とっても深い想いだから、友達にも言えない。
口に出したら想いが軽くなってしまう気がして誰にも言えない。
軽々しく口には出せないくらいに大切な想い。
片想いしてる時ですら誰にも言えなくて、ひとりで悶々としてた時もある。
――好き。
見てるだけで泣きそうになるくらい好き。
目が合っただけで、心臓が破裂しちゃうんじゃないかって思うくらいドキドキする。
年の差とか世間体とかそういうの全部関係ないって思えるくらいに好きで、自分じゃ気持ちを止める術が分からない。
本当は余りおどけた性格じゃないところも。
目が疲れてると眼鏡をするところも。
持ち掛けられた相談に、凄く真剣にのるところも。
いつも太陽の匂いがするところも。
好きで好きでどうしようもなくて、絶対に手放したくないって思ってしまう。
人の波に逆らって、こんなに走った事ないってくらい本気で走ったあたしは、ポツポツとしか人がいなくなった社の前の広場ですぐに見つけた。
隅の方。
夜の闇に隠れるようにして立つ彼が、あたしを見つけて笑っているのを。
「渋谷先生!」
あたしの彼氏は駆け寄るあたしの呼び掛けに、「転ぶなよ?」と柔らかい笑みを浮かべた。
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