モンスターズ 1
「本当に行くんですかーぁ?」
さも煩わしそうな声で金堂が言った。
「いいから早く」
「だって、そんな。ゾンビじゃあるまいし」
「いいや。どっちかと言えばフランケンだと思う」
「はいはい」
カローラは赤十字病院の救急搬送口脇に止まった。人見は金堂の戦闘服姿に顔を顰めて、残れ、と言い、コートを翻して一人で中に向かう。
「そっか、この服は目立つか。俺の部屋に服おきっぱなんで上着取って来まあす」
「急いでよ!」
今来た道を金堂は急いで戻った。通勤で通いなれた道を帰ると、おみあげ買いたくなるな、と顔を綻ばす。時計は十一時を回っていた。もうあの子は寝ただろうな、と思うと少し寂しくなる。
「元気に育てよ」
と口に出してみて、そんなガラか、と照れ笑いをする。
だが、姉弟の部屋の玄関が開け放たれていた。そこに半身だけ外に出して倒れている人影がある。
金堂は拳銃を抜くと、姿勢を低くして人影に駆け寄る。
「お姉ちゃん……」
まだぬくもりの残るその首からは大量に血が流れ出てしまっている。金堂は腹の底に震えを感じながらも、暗い部屋に銃口を向け、ゆっくりと中に入る。微かに受話器が話中音を発している。
「死じまえ!」
どこからか怒声が響き、犬の断末魔が路地に反響した。驚いてそれに反応した金堂は銃口を下げながら鼻に皴を寄せる。玄関照明のスイッチを素早く押し、壁に背を付けて怒鳴る。
「銃を持ってるぞ。誰か居るなら抵抗しないで出て来い」
腹から声を張り上げるが、既に人の気配も無く、聞こえて来るのは受話器からの音だけだった。ふと姉の方を見て、横に捨てられている下着に思わず目を伏せた金堂は、意を決して茶の間へ乗り込んだ。
「まじかよー。くっそ!」
受話器を持ったまま弟は電話台の下に倒れ事切れていた。首の後ろから突かれた傷がある。そして、電話の液晶には『111』と表示されていた。
「おっしいなあ。111かよ! 警察は110なんだよなあ、もう……」
天井を仰ぎ金堂は喚いた。顔に纏わりつく蛍光灯のヒモを力ずくで引き抜くと、膝に手を突いて、安物のカーペットを見つめる。
言葉にならないものが金堂の胸で膨張する。しかし目を瞑り口から鋭く息を吸って、彼はそれを無理やり収める。再び目を開くと、金堂は現場の観察を始めた。
知らない者が刃物を持っていれば首を切られる前に悲鳴が上がる。しかし、アパートに動きが無い。ということは知り合いの犯行か? そして部屋に上がりこんだ犯人は弟を殺害、逃亡。
「ここの住人か」
可能性はあると思った時、くずかごにさっき渡したポテトチップの袋を見つけ、足が止まる。姉も食べたのだな、と金堂はほんの少し傷の痛みが和らぐ気がした。
「イライラするわ……」
意味も無く、金堂は呟いた。
金堂は首を振り、頬を両手で張った。そして鼻から息を鋭く抜くと自分の部屋へと階段を駆け上がった。
部屋に入り、ダークブルーのモッズコートを羽織ると、人見に電話をする。
『どうした?』
「自分のアパートで殺人です」
『そうか、こっちにも仏さんが転がってた。――そして、美月と思われるあの死体が無い』
「マジホラーですね」
『ああ。お前はその周辺を。私はもう少し病院周辺を探る。状況を掴みたい』
「了解です」
『声がおかしいぞ。顔見知りか?』
「――はい」
『気合を入れなおせ』
「はっ!」
電話を切ると、アパートの六件の呼び鈴を鳴らして周るが、どこにも人の気配は無く静まり返っている。
「なんだよ、花火大会かなんかか?」
首を捻りながら建物の裏へと回ろうとすると、怒鳴り声や悲鳴が通りの方から上がった。金堂はそれに反応し路地を声の方向へと走る。通りに出たところで、向かい側の歩道を駆け抜ける男の影に気づき、慌てて建物の影に身を潜めた。
その手にはナタのような凶器が握られている。男を追おうかと一瞬思案した間に、更に数人の男が同じ方向へと駆け抜けて行った。
――こりゃ合流したほうがいいな。
急いでアパートへ戻りカローラのドアを開けた金堂は、衛星回線の端末を掴み上げ本部を呼ぶ。
「金堂だ。大尉は?」
『今、本体と別れ、護衛班と市役所のヘリポートへ向かわれました。以後指揮は人見中尉が執られます』
「よし、大尉は無事なんだな。中尉の指示か?」
『はい。原因は掴めませんが、一部市民が暴徒となり非常に危険な状況だと警察無線でも言っています。大尉は撤退を決めました。偵察二班も撤収です』
「わかった。何かあれば連絡を」
金堂は端末を置いてすぐに携帯を取り上げる。だが表示を見てうなり声を上げた。
「圏外……アンテナがやられた?」
使えない電話を助手席に放ると、金堂は病院に向けて車を走らせた。
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