モンスターズ 2

「うわあ、キモ!」


 霊安室から出た人見は、ペンライトの光を頼りにドアまでたどり着き、結城医師の死体を見つけた。顔が棍棒で殴れらたようにひしゃげ、首は骨が露出している。



「キモイとか言うとまた、怒られちゃいそー」



 握った両手を口元にあてがい脇を締めてみる。



「死んでっから冗談通じねえ」



 背を丸めた戦闘姿勢にもどって銃を抜き注意深く階段を上がる。鉄のドアを開けると、警備室と書かれたプレートを見つけ、灯りの漏れるその部屋へ向かう。



「誰かいんのか? ゴルアー!」



 煙草の匂いがする狭い部屋に、銃を向けて怒鳴り込むが、迎えたのは微かな機械音だけだった。



「ラッキー、防犯カメラ映像は、っと」



 死体の状況から見て犯行後三十分と経っては居ない。レコーダーを操作し、十時四十五分から再生ボタンを押す。



 動きの無い部分を早送りで飛ばすと、今は死体となった医師と男性看護師が警備の窓口に現れた。少しの会話の後、喚き声が入り、老警備員が首を出して、気を失ったように崩れ落ちた。間も無くその警備員が走り去ると、ピンクのジャージの少女が画面の中のモニターに映りこんで来た。人見は慌てて巻き戻し、それを覗き込む。



「バラバラ死体……歩いてやがる! まじかよ、プラモかよ」



 人見はにやけ顔で叫んでみるが、こめかみを伝う汗は冷えていた。一瞬、琴美も? と思うが、それはないだろうと思いなおす。



「あれは死んだ。あれの変わりにこっちが起き上がったってワケ」



――しかし、この理解の仕方はなんだ? まるで、何度も繰り返してきたような。



「まあいいか。信じられないが、間違ってるとも思えないから……」



 素早く部屋を見回すと開けっ放しの戸棚から警棒を取り、眺める。



「窃盗だけど、トンファーかっこいいから仕方ない」



 警棒をベルトに差し、鼻歌を歌いながら人見は正面玄関ホールへと向かった。時折壁を背負いながら、暗いホールに出ると外から遠い銃声が聞こえ始めた。


 素早く夜間専用の小さなドアから外へ出て植え込みに潜むと、道を挟んだ公園の更に向こうの通りの様子を窺う。投光機と数台の車両に照らし出された井出組本部ビル前で警察とやくざの集団が対峙している。


戦争だ、と小声で呟くと時計を確認する。



「まだ金堂は来ないだろうし、っと」



 散発的な銃声を聞きつつ、人見はほくそ笑む。暫くのこう着状態の後、やくざが三脚に乗った長いものを事務所から押し出てきた。



「水冷の重機関銃じゃないの、あんなものまで」



 躊躇無く、やくざはそれを放ち始めた。


 タンタンタンというリズミカルな乾いた音とフラッシュを撒き散らし続けるそれの前方で、警官達の盾が空中に舞う。


 それを合図に、銃という銃は火を噴き始めた。機動隊は盾に身を隠しながらジリジリ後退している。



 人見は思い切り地面を蹴った。車のボンネットを踏みつけ、一メートル半ほどあるフェンスを軽々と飛び越えて、現場との間に広がる公園の敷地に着地すると、加速をはじめる。


 風を切る音が耳を覆い、周囲のものが歪んだ残像に変わってゆく。木の幹を蹴り体を浮かせると、そのまま頭を軸にゆくりと宙返りを打つ。公園と道路を隔てるフェンスを真下に見て歩道に着地する。



 道路の向こう側では銃弾や刃物が飛び交っているが、まだ人見に気がついてる者は居ない。


 すっと立ち上がりながら、両手で銃を抜き機関銃の射手を狙った。樹脂フレームの小さな二丁の銃から連続して炎が吹き、三十四発の弾丸が二秒で暴徒へ向けて打ち込まれる。



 横から不意を突かれたやくざ方は八人程が一気に倒れ気炎が削がれる。その動揺を見て取った人見は機動隊の陣営へと走った。


 多数の負傷者から流れ出る血の匂いが鼻を突く。


 そのまま人員輸送用のバスへと身を寄せ、運転席の扉を開けると拡声器のマイクを取る。



「イキッてんじゃねえよ、田舎やくざが。テメエら皆殺しにすんぞ」



 日本刀をぶら下げた坊主頭がそれに応じ、大声をあげる。



「うっせえぞ下っ端が! テメエらがうちの倉庫潰しやがったのは知ってんだ。これがどういうことかわかってんだろうが! 上からの圧力で、お前ら明日から無職だぞ」



 人見は、マイクに思わずふふっと息を漏らした。



「わかってんジャン。じゃあ下っ端同士で徹底的にやるしかねえな!」

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