ブラッドスピア 1
「赤城の里」に設えられた四畳半の茶室で、満与は一人座っていた。見つめる先には古い電気行灯が照らし出す障子しか無かったが、その目には悲しみが漂っている。
雨音は益々激しく、時折稲光が外の木をシルエットで浮かび上がらせた。そして何度目かの閃光が、障子に人型の影を映しだした。
「私の可愛い孫。来てくれたのかい?」
「おばあ様」
人型は、横向きのシルエットのままで、また数度の稲光を浴びる。
「おばあ様。残念な結果となりました。御方が御成りになられます」
「……そうなのかい。ヒミコ様に……そうなんだね」
「琴美は己を解こうとしています。時間が足りませんでした」
「あの娘では、足りなかったのだね」
「はい。美月も努力したのですが、結果あの方へと落ちるしかございません。私はこれ以上の手段を取ることは出来ません。おばあちゃんのお手を煩わせることになってしまって、申し訳御座いません」
「よいよい。こんな皺首、いまさら惜しいことは無い。よく頑張ってくれた。これからは美月と楽しく過ごせよ」
「それでは、先にお話した通りに」
「かの者に槍を渡せばいいのじゃな?」
「はい。それでは、失礼します。おばあちゃん……良い旅を」
「うん。暫しの別れ。わしも美月を連れてそちらに行くからな。瞳」
満与は茶碗に残ったお茶をゆっくりと飲み干し、紙小茶巾で飲み口をふき取ると茶碗をめでた。皺くちゃの頬を緩め目を細めながらそれをゆっくり畳に置くと、すっくと立ちあがる。
「斉藤よお!」
澄んだ張りのある声が満与から湧き上がる。茶室の障子戸を勢い良く開け、二十畳ほどの続き間に歩み出た。
「はい!」
空気を劈く気合と共に歩み出た斉藤の手には、太い穂先に一本の鎌が突き出た槍が握られていた。腰に手を置き、深々と礼をする斉藤に満与は微かに頷く。
「『七葉』を我が心臓にて目覚めさせよ。そして人見なる者に届けよ。神の傀儡と成りし我が孫を葬れるのはその人物ただ一人。時は迫っている、一刻も早く」
斉藤は躊躇いも無く槍を構える。
気合一閃、満与の心臓を貫き、素早く引き抜いた。胸から血汐を吹きながら声も無く満与の体がくず折れるのを見届けた斉藤は、割烹着を剥ぎ取ると、血塗れた穂先を鞘で覆い部屋を出る。
茶室のある宿泊棟から伸びる長い渡り廊下を斉藤は『七葉』を握り進んだ。柄からクリーム色のリノリウムに滴り落ちた満与の血は、それ自体が生きているかのように丸く盛り上がり、徐々に平坦になって行く。
市街地からサイレンが聞こえる。
はたと歩みを止めた斉藤は今来た廊下の果てを振り返り、深淵へと続くかのような漆黒の闇を見つめる。そして唇を結びなおすと、軽いベージュのスカートを翻し、また確かな足取りで玄関へと向かった。
目を落とした先にある腕時計の輝きに、雲が割れ月の光が射し始めたのだと斉藤は気づいた。
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