マリオネット 3
新山は傷だらけの革製ショルダーバックからハンディ無線機を取り出すと、慎重にチューニングをする。不意に抑揚の無い警官の声が鳴り出し、助手席の春野も後ろへ首を捻った。
『――返す。……3班共に現場へ迎え。引き続き……琴美を周辺にて捜索。なお現場から逃走した、新山、国崎、それに同行……思われる春野氏を発見次第確保、保護。発見しだい本部――』
「くっそう、あいつら!」
新山は拳を握って怒鳴った。怒りで顔が痙攣している。運転席と助手席では、国崎と春野の白い顔が視線を泳がす。
「国崎君が……なんでなの?」
「わからん。この間なにかあったのか。さっきのが原因か。こうなったら土井のアジトへ逃げ込むしかねえな」
「なに……なに言ってるの? あなた警察官でしょう! なに馬鹿なこと――はあ!……」
春野が突然胸を押さえ苦しみ出した。
「落ち着け、春野さん。持病があるのか?」
春野は、やっと息を吸い込むと、新山の横にあったバックを指差し「薬を」と掠れた声を発する。国崎も白目を剥いて意識が飛びそうになる春野に叫ぶ。
やっとピルケースを探し当てた新山は、慌てて春野の口に錠剤を押し込むと、ペットボトル! と国崎に叫ぶ。
暫くしてやっと落ち着きを取り戻した春野が、口を開く。
「びっくりさせて……ごめんなさい。神経症だから、大丈夫……」
「いや、俺も突然すぎた。すまん。とりあえず、俺を信じてくれ」
国崎に、首塚に頼むと言って、新山はため息をつく。
「で……何かあるんですか、首塚に」
「あれは、実は土井の本丸なんだ」
「どうして――土居のところへ……」
二人の問いに対し、新山は額を指先で支え黙っていたが、意を決したように顔を上げ、息を吸い込んだ。
「どうしても納得したいのなら言うが……捜査本部の奴らは……信用出来ない」
「どうして?」
「奴らは警察庁から来た奴らに牛耳られてるんだ。いや、そもそも警察庁なのかすら怪しい。――あいつらは、シンプルに事件に対応してる善良な警察官じゃ無い」
「中央から? 原田との関係なの?」
「さすが源一郎さんの姪御さんだな。おそらく」
「じゃあ、政権が原田潰しに動いてるってこと?」
「うーん、結果的にどうするつもりなのか。意思決定がどこなのかはわからない。利害関係で言えば官邸が直接ってことに思えるが。とにかく、あの人見ってのはどう見ても普通の公安ですら無い。歩く姿でさえ軍人のそれだ。管理官は県警から派遣されるが、お飾りだろう。そんな所に無邪気に出て行ってもどうなるか先が読めないんだよ。こうなっては、春野さんも含めて」
「それって……独裁をはじめるってことにならない?」
「いっちまえば、な。まだ警察内部での噂にすぎなかったことだが、ここまで動きを目の当たりにされちゃ、事実だとしか思えない。理由はさっぱりだが」
「信じられない。秋森政権は外交だって全方位に柔軟で、だから軟弱だと原田が追及をはじめたのがそもそものはじまりじゃない」
「そうだ、理性的で現実的な政権がはじめたことだ思う。だから怖い」
眉を寄せて足元を見ていた春野は、突然国崎の横顔に視線を向けて言う。
「だって、そうだとしてもよ。何もしてないじゃない、私達。ねえそうでしょう? ただ新山さんと一緒に琴美ちゃんを探してただけなのに……それなのに!」
突然顔を覆って泣き声を上げる春野の肩を新山が叩く。
「大丈夫だ、俺がなんとかする。とりあえず身の安全を確保するのが先決だ。土井の所なら情報もある。何もわからず街を彷徨っててもどうにもならん。な?」
「そうですよ春野さん。他にどうしようもないなら、新山さんを頼るしか」
暫く泣いていた春野は、涙を拭くと濡れるフロントガラスを見ながら、わかった、とだけ呟いた。
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