マリオネット 2



「あの命令だと、警官達が危ない気が……」


「だからって警戒しない訳にはいかないでしょ……うん、開いた」


「やっぱり新山が?」


「あんた達に銃を向けたんでしょう?」


「はい」


「なんかあるでしょー」


「ええ……」



 生活臭のあまり無いその部屋にはソファーとガラステーブルとテレビがあるだけだった。冷蔵庫には少しの食べ物と缶ビール、ミネラルウオーターのボトル、残りの二部屋にはベッドと箪笥が置かれている。



「ネットすら無いですね。新山は何に使ってたんだろう」


「証人匿ったり、張り込みの拠点にしたり……なんてことはこんな街じゃあんまり必要なかったでしょうね。凄く個人的な、アレかなあ」


「……不倫とか、ですか?」


「嫌ねー何言っちゃってるの?」



 腕を殴られ真っ赤になってる奥田を面白そうに見ながら、人見は押入れを開け天井の点検口を指差す。



「そういうわかりやすいとこに何かありますかね?」


「いいから見てみてよ。こういうのは男の子の仕事。私はこっちを、っと!」



 人見は無造作に隙間に指を突っ込むと畳を裏返し始めた。



――すごい。そっちの方が男子の仕事じゃないか?



と心の中で突っ込みつつ、頭を天井裏に突っ込んでペンライトをかざす。


すぐ上に迫る上階の床と敷き詰められた断熱材、少々の配管意外には、特に目に入るものは無く、諦めて押入れの段を飛び降りる。



「何も無いです」


「こっちも無いなあ」



 人見は事の成り行きを奥田から聞きながら、あらゆるとことろをひっくり返している。


 不可解だと思われる部分を素直に話しても、まるで冷たいお茶でも飲み干すように自然に納得する人見を、逆に不思議に思う。



「手品なんでしょ?」


「まあそうだと思いますけど」


「うん。ここもなんもないな」



 奥田も黙って手を動かす。そしてとうとうシンクの前で二人は合流する。



「後はここだけか。――あるじーゃん」


「なんですか?」


「あの取っ手」



 鍋や調味料の入ったシンク下の棚に、黒いベルト状の取手が覗いている。奥田は鍋や瓶を床に放り出し、その取手を引っ張った。



「こいつは!」



 床との隙間に油紙で包まれた拳銃と箱入り実弾が敷き詰められていた。



「やっぱりねー。奴は土居と繋がってたか」


「土居って武器売買してたんですか? 国崎と春野はそれじゃあ……」


「助けてやるとか上手いこと言って連れ出した。まあ人質かな?」


「なんて奴だ! 警察官の癖に。しかしなんの人質? あっちもこうなることを読んでいて?」



 上の空で、あるかもね、と言いつつ、嬉しそうな人見は、床に少女のようにペタリと座り込むと、一丁を摘まみだし油紙を丁寧に開いた。よく手入れされて青黒く光る古い大型オートマチック拳銃が姿を表す。



「クラシックねー」


「はあ。戦中のものかなあ?」


「ブローニングハイパワー。わかる? この独特な佇まい、実際に戦場とかで血を吸って来たんだろう艶かしさ。これを握ったチンピラは多分この魅力に取り込まれちゃうんだろうなあ」


「そういうもんですか? 俺にはわかりませんが」


「そういうもんなのよ。撃ってみたい……」



 目を細めていつまでも銃に見とれてる人見に、奥田は少しイライラした声で言う。



「警部。琴美と新山、追わなくていいんですか?」



 名残惜しそうに、ブローニングをしまいながら、人見は上機嫌で答える。



「琴美はあんまり期待してないなあ。昼間ですら見つからなかったわけだし。あんたの言うことが本当だったら、案外本物のお化けかも。足生えてた?」


「そんな。きっとトリックがあるんですよ。催眠術かも」


「バラエティ番組じゃないんだ。新山を追い詰めて興奮状態にあったお前達が瞬時にそんなもんにかからないよ」


「じゃあ、何なんでしょう」


「わからないけど、お前達を殺す意図は無かったってことはわかる」


「確かに、高見沢さんは避けたって言ってた。殺す気なら――」


「そゆこと。きっと、動機が無かったんだろう。だとしたらこれは、警告かもね」


「国崎か……手を出すな、と。理性が完全に飛んでるってわけでも無い、か」


「話は単純。手品のタネなんかどうでもいい。捕まえた後でゆっくり聞けば」


「どうやって捕まえるんです?」



 その問いには答えず、人見は立ち上がる。



「お前はここの調べを引き継いだら、休憩がてら高見沢をお見舞いに行って。お話合いが必要でしょ。こっちの準備が出来たら呼ぶから」



 静かに人見は笑っている。


 それはいつもの可愛らしい声だった。しかし、弱い蛍光灯の光が浮かび上がらせる顔は表情の無い能面のように見えた。瞬時にコートを翻しその太ももから銃が引き抜かれ、明らかに警官の装備品とは違うそれが高く差し上げられる。



「憶えておきなさい。銃っていうのはね、奥田。シューティングレンジで撃ってるうちはただの物なんだ。でもね、これで人を殺すでしょう? その瞬間、銃はそいつの恨みや憎しみを吸い取るの。魂を持つのよ。そして、獰猛な動物のように自ら獲物を探すようになる。ライオンやトラが狩りをする姿のように……そこに在るだけでどうしようも無く美しくなってしまうの。道具に罪はなく、それを用いる者に、っていうのはウソ。銃は目的も意思も、美も罪もすべて持ち合わせているから綺麗なの」



 そう言いながら、彼女は腕を一杯に天井へと伸ばし、目を細めて慈しむように自分の銃を眺める。その踊りだしそうなくらいほころぶ笑顔を奥田は見続けられず、視線を落とした。



 次の瞬間、その銃口が自分の眉間を捉えるような気がする。なんの理由も無く、ただ水が低い所に落ちるように、それが行われる気配。


 逃げ出したい衝動と共に吐き気をもよおす。


 不意に、土居琴美の顔が、人見にオーバーラップした。


 ああそうか、という納得感と共に、文字が後頭部から強力な圧力で意識に押し出される。



 ――獣だ。こいつも同じ。

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