エンカウント 1
「くそう! くそったれ!」
国崎は明署玄関前の階段を下りながら呟いた。署の門を出て人気が無くなると自分の太ももを思いきり叩き膝に手をついて息を吐く。誰かが歩み寄る気配に気がつき顔を上げると、女性が目の前に立ちはだかっていた。
「荒れてるね君」
「だからどうした?」
春野は国崎の足元に目を落とすと、安物のスニーカーからカーキのカーゴパンツ、量販店のパーカーまでをゆっくり見回した後で、わざとらしく笑顔を作った。
「ねえ、中どんな感じ?」
「どんなって、普通だけど」
「うそ。さっきパトカーが沢山出て行ったよ」
「そうか。そういえば人が少なかったな」
「あたし、春野っていうの。知ってるかな?『コンタクト』っていうニュースサイト」
「ああ、見たことあるけど」
「一応記者みたいなことやってるんだけど……あなたは警察関係者……じゃないよね」
国崎はそれを聞くと、顔色を変え背筋を延ばした。
「ジャーナリスト? じゃあ警察に顔利く?」
「さあ、どうかなあ」
「知ってる人いたら、なんとか頼んで欲しいんだけど」
「見返りはあるわけ? あたしに」
国崎は刑事ドラマの悪役のように左右を確認してから、手を添えて春野の耳元で囁く。
「原田の失踪事件の情報でどうだ?」
春野は一度瞬きをして視線を逸らし、また国崎の目を見た。
「それ、マジ?」
「二度見?」
国崎が頷くと、春野は路地に止めてあった車まで国崎の手を引っ張って走る。そのまま助手席へ押し込んで勢い良くドアを閉め、自分も運転席に座ると畳み込むように質問する。
「どういう情報? 何を知ってるの? 何でもいいのよ、ほんの小さなことでも良いの。てか、あんた誰?」
「国崎……国崎隼人。こっちの条件は呑んでくれるんだろうな」
疑いの目で口を閉じる国崎に、春野は顔を歪めてその目を睨み返しながら携帯を取り上げた。
「伯父さん? うん。ねえ明署に知ってる人居るよね? ――うん。ちょっと別件で。――にいやま? 新しいに山ね。わかった、有難う」
国崎の警戒感が解けてゆくのが春野にも伝わった。呆然と半開きになっていた口から呟きが漏れる。
「すごい、記者ってそういうもんなんだ」
「わかったら、早く教えてよ」
「ううん。――条件がある」
「なによもう」
「とんでもないことを言う。漫画やアニメの世界並にだ。信じてくれる?」
「どんなことでもいいの。なんならお金払ってもいいよ。――少しだけど」
国崎は情報料を断ると、昨夜のことを話し出した。事故に遭遇し、子供を連れ帰ったこと、そして不可解な感覚に襲われたこと。
「じゃあ、その子――たぶん、美月ちゃんだけど――生きてるのね?」
「まあ……」
「琴美さんが居なくなったのは、何時頃かわかる?」
「あの画像を見てそのまま寝ちゃったようなんだ。起きた時はもう朝八時頃だった。そしたら琴美はもう居なくて。心当りは全部当たったよ。職場にも友達にも」
「まあ、夢と現実が多少入り混じってたとしても……」
「夢なんかじゃない!」
「いや、うん、わかってる。……土居琴美さんってさあ。土居家と関係あるのかな」
「詳しくは……。俺もよそ者だし、琴美ちゃんもあまり話さないし」
「そう。――あなたの言う、おかしな体験の部分は。ごめんね、信じられないけど、警察の大規模な動きも何かが起きてるようにしか思えない。仕事とかいいんだったら、取りあえず私と一緒に動かない?」
「うん、いいけど。警察には?」
「多分まだ取り合ってはくれない。もうちょっとあたし達で調べてみたいんだ。いいかな?」
春野は精一杯の優しい笑顔を作ると、国崎の腕に手を添えた。国崎は一瞬その手に視線を落とし、また春野の目を見る。
「わかった。春野さんを信じるよ」
春野はその言葉にほっとしたように目を細め、その腕を二回叩いて頷く。
「よおし、じゃあ琴美さんの周辺をもう一回調べてみよう」
「じゃあ俺運転するよ。職場からでいいかな」
国崎に笑顔が戻った瞬間、強烈な音圧が二人の頭を叩いた。オロロロという音が周波数とボリュームをゆっくりと上げ、巨大なラッパを耳元で鳴らされたように体中が痺れる。思わず首を引っ込め小さな悲鳴を上げた春野を国崎は笑って見ている。
「ああ、びっくりしたあ!」
「俺も来たばかりの時はびびったな」
「お昼のサイレン?」
「そういうこと。道路の向かい側が消防署だからこの辺は凄い音なんだ」
国崎は笑いながら肩を回すと、ピンクのクラウンのアクセルを煽った。
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