欠点を教えて
三鹿ショート
欠点を教えて
眼前の家における寝室にて、とある男女が殺害された。
金品が奪われていたことから強盗だということが分かるが、犯人は未だに逮捕されていない。
だが、私は犯人よりも気になっていることが存在している。
現場は私の自宅であり、殺害された女性は私の妻なのだが、共に生命を奪われた男性が何者なのかを、私は知らなかったのだ。
二人の状態から、男女の関係だったということは分かる。
ゆえに、妻は私のことを裏切っていたということになるのだ。
愛する妻が殺害されたということよりも、妻が私のことを裏切っていたというその事実の方が、私を悲しませた。
今回の件は、見ようによっては、不貞行為に対する罰である。
それでも、私の怒りが静まることはなかった。
私が男性について知ることを望んでいるのは、その関係者を少しでも苦しめたいと考えているためである。
褒められるようなものではないが、私だけが馬鹿を見るということは、不公平以外の何物でもない。
ゆえに、憂さ晴らしをする権利が、私にも存在しているのではないだろうか。
そのようなことを考えていると、不意に自宅の呼び鈴が鳴った。
扉を開けたところ、一人の女性が立っていた。
その姿を記憶の海から引き上げようとしたが、どうやら彼女とは初対面であるらしい。
どのような用件かと問う私に対して、彼女は告げた。
彼女は、くだんの男性の、妻だということだった。
***
彼女をどのように料理しようかと考えていたが、話を聞いているうちに、彼女もまた私と同じ被害者なのだということに気が付いた。
私の妻と彼女の夫の、どちらが先に裏切ったのかは、今となっては不明である。
ゆえに、それを考えることは、無駄な時間であり、意味の無いことだった。
しかし、配偶者を失ったということは、紛れもないことである。
彼女がどれだけ夫のことを愛していたのかは不明だが、結婚相手として選んだことを思えば、私と同じように、それなりの愛情は抱いていたはずだろう。
私にとって彼女という人間は、鏡のようなものだったのだ。
そのような彼女に対して、憂さ晴らしは実行するべきではない。
我々は、互いの配偶者が互いの配偶者に手を出したことを謝罪し、その後、少しでも傷を癒やすべく、酒を飲むことにした。
酒が入った勢いに任せ、自分たちを裏切った報復として、私と彼女が身体を重ねるようなことはなく、気が付けば外は明るくなっていた。
仕事に行くような気分ではなかったために、会社を休むことを伝えると、彼女もまた、私の家に留まることを決めた。
その後、それぞれが勝手に過ごしていた中で、不意に、彼女が私に問うた。
「一体、私の何が悪かったのでしょうか」
その言葉から察するに、夫に裏切られた理由が自分の欠点に存在していると、彼女は考えているらしい。
その夫がこの世に存在していない今、考えたところで無駄である。
だが、彼女は今後も同じように裏切られることを恐れたために、私にそのような問いを発したのだろう。
恋愛に前向きであることは結構だが、私はそのような気分ではない。
再び裏切られる可能性が存在しているのならば、心の平穏を保つためにも、私に恋愛など必要ないのである。
しかし、彼女に協力することに対して、抵抗は無い。
悩んでいる人間を放っておくほど、私は冷血な人間ではなかったのだ。
***
しばらく共に過ごして分かったことは、彼女は自身の欲望を口に出すことがほとんど無いということだった。
例えば、外出中に何処で食事をしたいのかと希望を問うたところ、
「あなたの好きな場所で問題ありません」
様々な状況においても、彼女は同様の発言ばかりだったために、私は彼女の好みというものを知ることがなかった。
相手を尊重していると表現することも可能だが、一方で、自分に心を開いてくれていないのではないかとも考えてしまう。
だからこそ、彼女の夫は、自分に対して正直に愛の言葉を吐いてくれる人間に逃げたのだろう。
その相手として、私の妻を選んだことは、許すことはできないが、別の女性を求めたくなる気持ちは理解することができる。
私がそのことを彼女に伝えると、彼女は得心がいったような様子を見せた。
いわく、彼女が自身の欲望や願望を口にしないのは、多忙だった両親を煩わせることが無いように過ごしてきたことが起因しているのではないかということだった。
その分析に、私は首肯を返した。
確かに、長い間、そのような生活を続けていれば、自分を殺す言動が自然と化してしまうことは仕方の無いことなのかもしれない。
彼女は私に対して感謝の言葉を吐きながら頭を下げた後、
「これからは、自分を出すことができるように、努力をしていきたいと思います」
その言葉を最後に、私と彼女が同じ時間を過ごすことはなくなった。
***
数年後、彼女が逮捕されたという報道に触れた。
とある人間を殺めたということだったが、その理由として、自分という恋人が存在しながらも他の女性と関係を持っていたことを許すことができなかったと話しているらしい。
自身の気持ちを口にすることができるようになったことは成長の証だが、その行動によって、彼女は己の感情に従って自由に行動することが不可能な施設で生活することになったことが、何とも皮肉な話だった。
欠点を教えて 三鹿ショート @mijikashort
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