フィクションなりの歴史との接点
第17話
『時神と暦人』の歴史背景は作品中いつも述べている通りだ。特に加筆すべき事は無い。そして創作意図は、荘園(御厨)を舞台にして、古代の地方律令制末期をベースにした隠密の社会が現代まで人知れず続くという設定で、物語を書くという変わった趣旨のSF作品があっても面白いかもしれないという発想にあった。
荘園に関する歴史事項としては、723年の三世一身法や743年の墾田永年私財法からも推測がつくように、八世紀前後に大きく発展していく。律令社会と私有財産制度の萌芽的なバランスの面白い時代だ。中央集権を維持しながら、土地という財を介して私有財産制度の優位性が強調された意義のある、封建制度の萌芽期とも言うべき興味ある時代である。
ところが本作は物語の中では、下った時代の現代、歴史本来の主要媒体だった土地をスルーして、そこに「虹色の御簾」というタイムゲートという別の意義を持たせ、現代との共通アイテムの存在にその価値を与えている。そうすれば、歴史用語などは不十分なままでも、本文の説明だけで楽しめるからだ。そうでないと堅苦しい用語だらけの歴史物語になってしまい、基礎知識無くして手放しで楽しめない物語となる。
なので設定として突っ込んだ歴史現象を楽しみたい人にも、単に時空タイムリープの嗜好作品として読みたい人にも対応してこの形となった。そして歴史事象の表象である暦人や暦人御師の存在と、SF設定のアミュレットや時巫女、時の勘解由使、付喪神の存在がある。ここにSF物語の世界観形成を目指す歴史との接点とした。
さて、ここで本編ではあまり触れない、昔のお伊勢さんのお話と暦のお話。伊勢御師は暦とお札(神宮大麻・江戸の当時は「御祓大麻」と言った)を運んでくれる神職だった。本文中でも説明しているが、当時は長屋の住民や名主などのお得意さんのいる地方に出向き、皆で積立金をするなどのアドバイスをしたり、現地の宿の手配なども行ったという。自宅には暦の版木などもあり、当時のカレンダーを各家庭に配っては、伊勢神宮の神威を世間にひろめていた職業、神職である。
平安の頃には、暦は朝廷の役職機関で天体と一緒に観測、予想、研究がなされていたたため、尊い仕事でもあった。その末端の一部を担っていたのがその後の時代に登場する御師であった。数字が残っている十八世紀には約四五〇軒の御師邸が伊勢神宮の近くにあったという。そして制度としての原型は平安時代から存在していたそうだ。明治に廃止されるまで、何百年ものあいだ、人々をお伊勢参りに誘い、伊勢神宮の神威を授けた神職だったという。
もし現代でも、そんな心の支えとなる人々が、暦(時間)を武器に、時代を飛び回り、時空旅行の案内役になったとしたら、人々が優しさを失わない方向へと導けるなら嬉しいことだ。そんな互いをいたわり合える社会にすべく、縁の下の力持ちとして「暦人」たちが動いてくれる世界があったら、なんて嬉しい世界なのだろうというのが創作動機だ。少し変わった創作動機かも知れないが、トラディショナルな主題にはもってこいである。
ちなみに平安の頃、
その中で暦法の役人は外国の優れた暦が移入されると、日本に適する形に修正を加えて新しい暦法の達しを出していた。一番古い暦法は元嘉暦で持統朝の頃なのだそうだ。現在の暦法はグレゴリウス暦で明治六年に施行された。この中心役職が暦博士であった。ほかにも天文博士や漏刻博士などの管理官が置かれていた。まさに暦(時間)と天文学は背中合わせの学問だったことがうかがえる。ここでは簡単にしか触れないが、暦法の話はサードシーズンシリーズ統一主題でもあるので、読んでみて欲しい。
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