第三.二五話 レイ、仕事開始!
「臭い..」
公衆便所の利用時間で最も多いのが、夜中。さんざん酒を呑んだ人間達の小便の臭さと言ったら..人間の怨念が籠った小便や、大便の呪いの集大成がギッシリと詰まった早朝の公衆便所。臭いのは確かにイヤだが、逆に臭く無いと肩透かしを喰らった気がするレイ。
数学と一緒で、掃除と云うのは必ず答えが出る。レイは自分が磨いた便器を「レロレロ」舐め廻す事が出来る。其れだけ完璧に便器を綺麗にする自信が在る。要するに、自身の今の仕事に誇りを持って居るレイ。
早朝の公衆便所の利用者は皆無、精々が洗面所に顔を洗いにやって来る乞食位だ。皆が職場や学校を目指し、レイは公衆便所を綺麗に整える事を目指す。一日に何箇所かの現場を廻らなければいけないレイ、時間との勝負。たまに利用客と搗ち合う事が在ったりする。其れが喩えば、居酒屋の仕事の後、行き付けのコンビニエンスストアーで長々と長時間の立ち読みを経て、漸く家路に向かう途中のマコトだったり。
(嗚呼ダメっ、間に合わないッ!)
マコトが用を足そうと思い、最寄りの公衆便所に駆け込んだ。中ではレイが一生懸命に便器を清掃中。同じサーヴィス業のマコトは一瞬、我慢して待とうと思った。同じサーヴィス業のレイは、マコトの其の一瞬の表情を見逃さなかった。
「ア、どうぞ!」
レイからのマコトの
「あ、ハイ!有難う御座います!」
マコトからのレイの連携プレイ。
(フぅぅ、間に合ったァ..)
無事に難無きを得たマコトが、用を足した後にレイに一言言った。
「お仕事お疲れ様です!」
利用客から今迄に言われた事の無い感謝の言葉。普段で在れば、利用者達は気まずい表情を見せて、そそくさと其の場を後にするのが主。マコトに褒められて嬉しく無い筈が無いレイ。
「ペコリ。」
深い御辞儀で返すレイ。
其の日も無事に勤務が終わり、マコトから感謝の言葉を告げられた事が未だビンビンに深層世界に残って居るレイ。
(呑んじゃおっかな?!)
チト気分が良かったレイ。普段で在れば真っ直ぐ自宅に直帰するのだが、久し振りにビールが呑みたくなった。作業道具を公衆便所のロッカーに仕舞い、洗面所で両手を洗ったレイ。堂々と作業着のまま繁華街に向かって歩き出し、適当に選んで入った居酒屋、
「いらっしゃいませぇ!」
其処の店員に席に案内して貰った。
「ア、あれ..さっきの..デスよね?!」
「ア、あれ..さっきの..デスよね?!」
席に着いたレイに御品書きを持って来たのがマコト。レイとマコトが同時に声を上げた。未だ早い時間と在って店内はガラガラ。
「折角ですのでマコトが接客します!」
近くに居た男性店長にソノ旨を伝えて、マコトはレイの専属の給士係となった。
「さっきは本当に有難う御座います!」
「いいえぇ、仕事ですから!」
廻りの人間が未だ働いて居る時間帯に呑むビールは格別に旨い。客が居なく、ガラガラのユックリとした時間が流れる店内、ゆっくりと時間を掛けては、マコトが本日のお薦めをレイに教えてくれる。
客からヨクお勧めを聞かれる事が在るレイ。頭の記憶を振り絞っては、お酒やら料理やらを教えてみるのだが、殆どの割合いで彼等はレイのお勧めは注文しない。
(フザケンナ。)
微笑みながらもマコトは客の前で毒付く。レイはビールは自分で決めたものの、料理の方は全てマコトに任せた。マコトの放ったボールをシッカリとレイが三振してくれた。給士して居て嬉しい瞬間。
店内でマコトを独り占めのレイ、基本的に人間嫌いで人間関係を拒むレイだが、何故だか目の前のマコトは別だった。繊細な要素を持つマコトの存在が、繊細な性格のレイの深層世界に疑いも無く染み込んで行く。
ビールのお代わりや、マコトお勧めの、レイが注文した何品かの料理を笑顔で運んで来るマコト。気持ちの良い接客振り。更にビールがクイクイと進むレイ、至極のヒトトキ。
店が暇でジックリと時間を掛けて会話をして居た事も在って、お互い、普段ならば絶対にしない自己紹介を交わした。そして分かったのが年齢。二人共に年恰好も近いと在ってか更に意気投合。
レイの事を良く知ってる読者の人間は、こんなレイの行動に驚きを隠せないのでは?友達どころか、知り合いも一人も居ないレイの大胆不敵な情報交換。それはマコト同様、外面は確かに良いが、基本的に他人とは一線を置いて居るマコト。レイはビールの酔いで気分が高揚して居るのでは無く、人生で初めて会ったと確信出来る、自分を心から理解してくれそうなマコトとの出逢いがレイを饒舌にさせた。公衆便所で偶然出くわした二人、運命とは其の様なモノだ。
この物語に登場する全ての人物は、非常に繊細な心を持つ役柄から成って居る。アレから実は二時間程経って、チト店内もソロソロ忙しくなって来た。常識人のレイ、長居は御免。マコトと連絡先を交換して、レイは店を出た。記念すべき友人が初めて出来た運命の日と云っても良いだろう。普段ならば、決して足を向ける事の無い仕事場の公衆便所。マコトと初めて出会った其の公衆便所に行き、其処で用を足したくなったレイ。マコトの居酒屋から其の公衆便所までの距離は、其れ程までには離れては無かった。ツイ数時間前まで清掃をして居た公衆便所、今はお客として用を足すレイ。
(フゥゥ..気持ち良い..)
幸せな夜。
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