第3話 悪事が善行に変わる地獄

「これは……まさに地獄だわ……!」


私は頭を抱え、デスクの上に突っ伏した。


どれだけ悪事を働こうとしても、なぜかそれがすべて善行として解釈されてしまうという恐怖の連鎖。


クラウス様の件だけでなく、最近の出来事すべてが、私を絶望の淵に追いやっている。


リリィはすっかり私を「親友」と呼び始めたし、クラウス様からも感謝の手紙が届く始末。


さらに、最近は周囲の生徒たちまでが私に感謝してきている。


悪役令嬢としての地位が崩壊しかけているというのに、どうして私を罰する者がいないの? これでは破滅がどんどん遠のいてしまうじゃない!


「こうなったら、次の悪事は完璧にやらなきゃ……」


私は立ち上がり、手に持った羽ペンを握りしめた。


今回は小手先の悪事ではなく、より大きな悪意でリリィを追い詰める必要がある。今までのような小手先のものはダメだ。やるならもっと大胆に、だ。


彼女が私を「親友」として頼っているのなら、それを利用して、裏切りの苦しみを味わわせてやろう。


「リリィをパーティーで大恥をかかせる計画を立てよう……」


今度のターゲットは、来週開催される王宮の舞踏会だ。


このイベントは貴族たちが一堂に会する社交の場で、リリィも招待されている。私は彼女を誘い出し、華やかな場でとんでもない恥をかかせるのだ。





******





舞踏会当日、私は豪華なドレスに身を包み、煌びやかなホールに足を踏み入れた。


どこを見ても煌めくシャンデリア、優雅な貴族たちが微笑みながら談笑し、舞い踊っている。華やかで、まるで夢のような光景だ。


リリィも、慎ましく美しい姿でそこにいた。


真っ白なドレスを着て、純真な笑顔を浮かべ、まるで天使のようだ。やはり正ヒロイン。可愛さがレベチだ。


「ふふふ……この舞踏会が、あなたにとっての地獄になるわよ……」


私は心の中で計画を練り、リリィに近づいた。

彼女は私を見ると、嬉しそうに手を振ってくる。


「セシリア様! 来てくださってありがとうございます!」


……ああ、この無垢な笑顔を見ていると、罪悪感がちょっと湧き上がってくるけど、これは私の破滅のための第一歩なのよ。


リリィには悪いけど、今夜があなたの最後の楽しい時間よ。


「リリィ、実はこの舞踏会で、少し特別なドリンクを用意したの。みんなに振る舞う前に、あなたに先に試してもらいたくて」


私はにっこりと微笑んで、リリィにグラスを差し出した。


その中には、少しばかりの薬を仕込んである。この薬はお酒と混ざると、顔が真っ赤になり、酔っ払ったような振る舞いをさせる効果がある。


リリィが舞踏会の中で酔って大暴れすれば、彼女の評判は地に落ち、私も当然悪役として注目されるはずだ。


「ありがとう! セシリア様のおすすめなら、絶対に美味しいはずですね」


リリィは私の差し出したグラスを信頼しきった笑顔で受け取り、グイッと飲み干した。


……これで、計画通り!


私はほくそ笑みながら、リリィの変化を待った。


しばらくすると、リリィの顔が少し赤くなり始めた。よし、効果が出始めた! これで彼女が舞踏会の真っ最中に酔っ払った姿を晒せば、大スキャンダルになるだろう。


しかし──


「セシリア様、すごく美味しいです! あなたが選んでくれた飲み物だから、体が温かくなってきました!」


「え…?」


リリィはまるで嬉しそうに、さらにもう一杯おかわりまでしているではないか! そして、彼女はフラフラするどころか、軽やかなステップで舞踏会の中心へと踊り出ていった。


「え? どういうこと?」


──ち、違う! 私が想定していたのは、こんな微笑ましい光景じゃない! リリィが醜態を晒して、みんなから失望されるはずだったのに!

なんだか彼女の潜在能力?を逆に解放してしまったらしい。


しかも、リリィが踊り始めた途端、周囲の貴族たちも感心した様子で彼女に拍手を送っている。


「リリィさん、素晴らしいステップだね!」


「ええ、本当に優雅で美しい!」


──なんで? どうしてこうなるの?


私の悪事は今回も見事に裏目に出た。それどころか、リリィはますます注目の的になってしまい、彼女の評価は急上昇中。


誰も彼女が酔っ払っているなどと疑うことなく、むしろ彼女の輝かしい舞台としてこの夜を記憶するだろう。


「セシリア様! 一緒に踊りませんか?」


私を見つけたリリィが、笑顔で手を差し出してきた。


──なんてこと! これじゃあ、私は彼女の輝きを一緒に享受していることになってしまう!

破滅どころか、私は善行を積んでいると思われてしまうじゃない!


「あ……ええ、もちろん。」


まぁここで断っても逆に怪しまれる。

仕方なく私はその手を取り、一緒に舞踏会のフロアへと進んだ。リリィの嬉しそうな笑顔が眩しくて、私は何も言えずにただ黙って踊るしかなかった。


……なんでこんなことに!私は悪役令嬢なのに!


これでは破滅は遠ざかるばかり。私は一体、どうすれば本当の悪役として破滅できるのだろう?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る