第2話 破滅したいだけなのに

「──もっと、もっとだ、破滅が足りない!」


 私は朝から鏡の前でにやりと笑みを浮かべた。今の私には決して後ろめたさなどない。


むしろ、この悪役令嬢としての役割を全うし、最悪の破滅を迎えるためには、まだまだ足りない。

今日の私の笑顔も悪役令嬢感があってとても良い。


 前回、リリィに無理難題を押し付けたはずが、彼女は平然とそれをこなしてしまった。


それどころか、周囲の人々からの評価もどこか奇妙なほど良好だ。私のやっていることが、誰かにとって善行に見えてしまっているのだろうか?


── いや、そんなはずはない。私は確かにリリィに嫌がらせをしている。


「次は……もっとえげつないことをやってやるわ!」


 私は決意を新たに、今日のターゲットを決めた。


学校で皆に愛されているリリィには、実は複数の貴族の息子たちが彼女を巡って好意を寄せている。


それならば、そのうちの一人を利用して彼女に恥をかかせてやろう、そう思ったのだ。

人の恋心というのはいつの時代も危険なものなのだ。




******




 貴族の子息であるクラウス様は、端正な顔立ちに品のある態度が特徴の若き騎士見習いだ。


リリィは彼の優しさに心惹かれているらしい。ならば、その好意を利用してやるだけの話。


「クラウス様、少しお話が……」


 放課後、私は校舎の裏にクラウス様を呼び出した。


周りには誰もいない。リリィに見られることが目的ではなく、これは完全に私の悪事の準備に過ぎないからだ。


「クラウス様、お願いがありますの。リリィに、これを渡していただけますか?」


 私は微笑んで、手紙を差し出した。それはリリィに対する偽のラブレターだ。

内容はクラウス様からの熱烈な告白を装ったもので、彼女が勘違いしてしまうよう仕組まれている。


これでリリィが恥をかけば、私は少しずつ破滅の道へと進めるはず……!


 だが、クラウス様は手紙を受け取ると、ふと私を見つめ、意外な言葉を口にした。


「……お優しいのですね、セシリア様。リリィのことを気遣ってくださるとは。」


「えっ……?」


「リリィが幸せになるよう、私たち貴族は力を合わせるべきだと思います。あなたのその思い、リリィにもきっと伝わるでしょう。」


 ──何を言っているの?


この手紙はリリィに恥をかかせるための罠よ!

なぜ私は褒められているの?


 私は一瞬、頭が真っ白になった。

悪事を働いているのに、周囲からはなぜか「良いことをしている」と思われてしまう。

そんな馬鹿な! これではさらに破滅が遠のいてしまうではないか!


「そ、そんなことは…!」


 慌てて否定しようとした私だったが、クラウス様は既ににっこりと微笑み、手紙を丁寧にポケットにしまった。


「ご安心ください、私が責任を持ってリリィに渡します。」


 ──違う! 私はそういうつもりで言ったんじゃない!


 思わず叫びそうになったが、何も言えず、私はその場に取り残される。これは完全に想定外だ。


何かが狂っている。私は確かに悪事を重ねているはずなのに、それが全く通じていない。むしろ、善意にすり替えられているかのようなこの状況。


「どうして……どうしてこうなるの……?」


 私は頭を抱えた。


これでは楽しめないどころか、逆にいい子扱いされてしまうじゃないか! 私はもっと罵られたいし、もっと追い詰められたいのに!


「まだだ……まだ終わりじゃない!」


 気を取り直した私は、次の策を練り始めた。

先程の手紙もクラウス様にはよく思われたものの本質はそこじゃない。リリィが勘違いしてさえくれればそれでいい。


クラウス様だけでは不十分だ。もっと大規模な悪事を働き、みんなが私を嫌うように仕向けなければ!


それが私の破滅のために必要なことなのだから。


 さらに悪事を働こうと決意した私だったが、なぜか周囲は──。



 放課後、次なる悪事を実行するために校舎を出ると、リリィが私を探して走ってきた。

そして、はぁはぁと息を切らしながらも、満面の笑みを浮かべている。


「セシリア様! あの……ありがとう! クラウス様からの手紙、すっごく嬉しかったです!」


「え……?」


「私、ずっとクラウス様のことが好きで……でも言い出せなかったんです。それなのに、セシリア様が橋渡ししてくださったなんて! ああ、本当にありがとうございます!」


 ──ち、違う! 違うのよ! 私はそんなことしたくなかった!


 頭の中が混乱している間に、リリィは感謝の気持ちを伝え続ける。まさか……この展開、リリィが私を慕うようになるなんて。


こんなに心を開かれたら、破滅どころか、友達になってしまうじゃない!


「私は、あなたを破滅させようとしたんだ……なのに、なんで…!」


 途方に暮れた私は、つい心の声が漏れそうになるのを必死に抑えながら、リリィの笑顔にどう答えればいいのか、混乱したまま立ち尽くすしかなかった。

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