魂の案内人

しばぴよ君

プロローグ

「これはこれは、随分と珍しいお客さんだねぇ」


 酷く艶のある、如何にも大人の女性といった雰囲気の声が空間に響く。

 どこを見ても真っ暗な暗闇に包まれているような不思議空間に自分は存在しているようだ。

 そんな中、自分の正面にある一部分だけがまるでスポットライトでも浴びているかのようにぼんやりと浮かび上がっている。


 浮かび上がっている場所には、おしゃれなカフェにでもありそうな黒を基調としたシックな丸テーブルがあり、そのテーブルとセットになっているチェアに声の主である女性が一人腰掛けている。


 パッと見は三十代前後だろうか。

 口調に似合わず若々しく映る彼女は、長く美しい黒髪を軽く揺らしながらやや切れ長の美しい目をこちらに向けて笑顔を見せる。

 目元から意思の強さを感じる、カッコいい和風美人といった様相だ。


「ここはね、いわゆる『死後の世界』みたいなもんさ」


 真っ白な肌にキレイに映えている赤い唇を動かし、こちらにびっくり情報を告げていく。

 確かに、死語の世界と言われたらこの不思議空間にも納得できるのは一理あるが、それでも驚きは隠せない。


「人々が生を終えたあと、ここに来て簡単な手続きをしてからあの鳥居をくぐるのさ。そこで今世をキレイに洗い流して来世に渡っていく、そんな場所だよ」


 彼女はそう伝えながら、自身の後方を指差す。

 そこには、先ほどまで見えていなかったが、灰色掛かった石柱で組まれたような大きな鳥居が立っていた。

 鳥居の先は、周辺の暗闇よりもさらに深い黒が続いているように感じる。


 指を差した手を開いて少し上に上げると、彼女の手元に一冊の本が現れた。

 彼女はその本を手に取ると、おもむろにページを捲り始める。


「普通はここに来るのには相応の者による案内が必要なんだけどねぇ。一人でここに辿り着くなんてとても珍しいんだよ。まして、あんたはじゃないみたいだから余計にねぇ」

 

 真剣な表情を見せる彼女は、ページを捲る手は止めずに淡々とこちらに情報を伝えてくる。

 あの本には一体何が書かれているのだろうか。

 普通じゃないと告げる彼女は、一体どこまで自分のことを知っているのだろうか。

 不明点が頭を掠めながらも、どうも自分がここにいることは相当なイレギュラーな事態だということは伝わってくる。

 そんなことを思っていると、まるでこちらの考えを読み透かしているように彼女がこちらを一瞥して口を開く。


「この本にはね、生前の情報がまとめられているんだよ。私はここの管理者だからね、ここに来た魂達の情報を知ることが許されてるのさ」


 彼女は心でも読めるのだろうか?あまり変なことは考えられないな、などと関係のないことを思ってしまう。

 それにしても、自分の生前情報を読まれているというのは、まるで自分を丸裸にされるような感覚を覚えて何かくすぐったさを感じるものだ。

 そんなくすぐったさを我慢しながら、管理者って何だ?といった疑問が頭に浮かぶと彼女が答えるように言葉を続ける。


「今世への思いに区切りをつけた魂を滞りなく来世に送り出すのが管理者の役割なんだよ。生が終わったことの自覚がないヤツや、向き合えないヤツも来るからねぇ。そんな魂達の今世への未練を断ち切り、来世に意識を向けて貰うことも役割の1つさ。あの鳥居は私の承認と魂自らの意思の両者が無いとくぐれないからねぇ。一方的に無理矢理くぐらせることはできないんだよ」


 少し困ったように笑いながら「どの魂が鳥居をくぐったか管理しないといけないから、結構大変なんだよ」と続ける。

 彼女の言葉、表情からは嘘を感じず、ここが本当に生の終着点であり新しい生への出発点でもあるのだろうと溶け込むようにすんなりと理解させられる。

 ということは、自分も彼女との話が終わったら来世に向けて旅立つのかぁ、未練なんか無いし簡単な手続きって言ってたからすぐに承認されるだろうしなぁ、なんて感慨深く思っていると「まぁ、あんたは現状その鳥居を自らの意思があってもくぐれないんだけどね」と衝撃的な一言が聞こえてきた。え?なんで?


「さっきも言ったろう?あんたはじゃないって。あんたは不完全な魂だ。次の生を渇望されても管理者としてこのまま送り出してやることができない」


 彼女は真剣な表情でこちらを見て、続ける。

 

「鳥居をくぐった先では、汚れを洗うことはできても欠けている部分を補完することはできない。そんな魂に次の生を与えると不都合が起きるから、通すわけにはいかないってことさ。」


 申し訳なさそうな表情でそう伝えられるも、次に行けないとなれば自分はどうしたら良いのだろうか。

 申し訳なさそうにするくらいなら、多少の融通は効かせてほしい。

 そんな理不尽なことを思っていると、「大丈夫だよ。あんたは、しばらく私の下で働いてもらうことになるから」と彼女が告げる。


「さっき言った通り、普通は魂がこの場所に来るのには案内が必要なのさ。あんたにはこれからしばらく案内役である『案内人』をやってもらうことになる。魂が迷子にならないようにこの場所に導く役目さ。」


 あまりにさらっと、働かされることや役割を与えられることに頭がついていかない感覚を覚える。

 まさか死後の世界で働かされることになるとは、と軽く絶望的な気持ちになってしまうのは仕方のない話ではないだろうか。


「あんたみたいなちょっと欠けてるヤツや、どうしても未練が断ち切れないようなヤツはどうしてもこの世界で時間を置く必要があるからね。こんな役割が用意されているのさ。まぁ、これはイヤがられても決定事項だからね、残念だけど。ちなみに私直下の部下扱いになるよ」


 ケタケタと笑いながら説明してくれるが、要するにタダ働きをさせられるわけなのだから、あまり笑い事ではないような気もする。

 まさか、労働が待っていようとは誰が想像できただろうか。

 そんな事を考えていると、彼女は不意に笑顔を引っ込めて真剣な表情に戻る。


「案内人を全うする中で、あんたの魂が補完されることになればすぐにでも承認してやるさ」


 案内人を務めることに難色を示す自分を宥めるように言い聞かせてくると思えば、「それに…」と彼女が続ける 

 

「案内人を続けてれば、私のような管理者のポジションに就く可能性もある。所謂昇進みたいなもんだね。まぁ就けるのはほんの一握りだけどねぇ」


 なぜ、死後の世界に来てまで要職に就かなくてはならないのだろうか?ワーカーホリックなのだろうか?

 なんて失礼なことを考えていると、彼女はニヤリとした表情で告げる。


「管理者は任期が決まっていて、満了すると1つだけ来世への望みを叶えてもらえるのさ。お前さんからしても喉から手が出るほど欲しい特典なんじゃないかい?」


 瞬間、自分の周りの空気が凍る。

 彼女は悪戯な笑みを崩さず、こちらを試すように挑発的な視線を寄越す。

 今自分に顔があれば、どういった表情をしているだろうか。

 スッと表面を取り繕っていたものが抜け落ちるような感覚に陥る。

 どうやらあの本には客観的情報だけでなく、主観的な情報も含まれているようだ。

 そうでなくては、このような言い回しはあり得ない。

 自分の内面を全て見られたかのような不愉快さを感じながら彼女の次の言葉を待つ。

 すると、彼女は「まぁこの話は追々だねぇ」と言いながら手に持っていた本を閉じる。

 様になっていた悪戯な笑みを引っ込めて、困った表情をこちらに見せる。


「今の問題はあんたの魂が人の形をしていないってことだねぇ。このままじゃ同僚と意思疎通が取れないよ。ここは人間の魂が通る鳥居の管理塔だから、案内人も基本的には人間の魂だからさ」


 彼女は思案顔になり、小さく唸っている。

 あの本には一体どこまでの情報が記されていたのだろうか。

 彼女は本当にこちらの事情を深く把握しているようだ。

 生まれも、考え方も、求めているものも、すらも本当に深く。


「生前が人間であれば、魂も人の形をするものなんだけどねぇ。お前は欠けているから、後で形代を用意してあげようかねぇ。あぁ、名前もくれてやらないとねぇ」


 そもそも自分はここにいて良いのだろうか。

 先程、彼女はここが人間の魂が通る鳥居の管理塔と言っていた。

 言い換えれば生前に他の存在だったものは、それぞれ適した管理塔が存在しているのだろう。

 だからこそ、彼女の考えがわからない。

 だって、自分は


「ここでは、熊野 心くまの こころ と名乗りな。私の名前は三条 都さんじょう みやこだよ。気軽に『都さん』とでも呼んでくれたらいいからね。よろしくねぇ、心。」


 まるで我が子を見るように柔らかい笑顔を浮かべる都さんは、優しい声音で告げる。


「色んな魂に触れて、自身を補完しな。あんたが来世で人間に成れるようにね」

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