第5話 大義ありて煩悩を滅す

◆敬 視点


マジ、やべぇ!

王子の欲望が破裂寸前だ!?

その矛先を変える何か、何でもいいから言わないと!

は?そうだ!



「その、オレ、まだ王子の名前、聞いてません。結婚式でも誰も王子ってだけでしか言ってなくて………せっかく夫婦になるんだし、オレは王子の名前が知りたい」

「………そう、だな。私が貴女の名を聞いておいて、私の名を告げぬのは夫婦とは言えぬな。だが、すまない。名を明かさぬのはタコマリウス王国の《しきたり》なのだ」

「《しきたり》?」

「すまぬ。だが、これだけは伝えよう。魔王討伐のあかつきには、真っ先に貴女に我が名を告げると、ここに約束しよう」



王子の顔が初めて曇った?

なら、ココはもう一押しじゃん!



「………でも、それでも!オレは貴方の名を今知りたいのです!!」

「……………」

「駄目なのですか?」

「いや巫女よ、すまなかった。私が我慢が足りずに貴女の名を聞いてしまったからいけなかったのだ」

「いえ、《しきたり》なら仕方ありません。魔王討伐のその時まで。貴方の名前は聞かない事に致します」



って言いつつ《王子の煩悩の矛先を他に向ける作戦》の効果はバッチリだった。

王子の股間はオレへの申し訳なさで明らかに収まった。


つまり《萎えてしまった》という事だ。


やったーっ!

オレの貞操、守られたり!!


でも、何で名前を明かさないんだろう?

他人に言えない情けない名前とか?


ガタンッ

「!?」

「迂闊だった。本当に迂闊」



急に王子が立ち上がる。

辺りをキョロキョロして挙動が不審?

そんで頭を抱えて悩みだした?

どうした王子??



「王子?」

「巫女、私は失念していた。貴女は異界の巫女だったのだな。だから知らないのは当然だった。全ては自身の欲望に負けた私の落ち度だ。何て事を!」



一体何の話し?

王子がオレの知らないところで何かやらかしたって事??

そりゃあ、オレはこの世界の人間じゃないから、この国の習慣も世界の常識も知らないよ?

だけど、理由も分からず一人苦悩されても掛ける言葉が見当たらないよ。

理由が知りてーっ!?



「巫女!」ガバッ

「ひえっ!?」


うわああ!?

いきなり抱きつかれた!

抱きつかれた!!

再び貞操の危機だぁ?!


「許せ!貴女は今後、名を他者に知られぬようにせねばならん。私と二人の時でもだ!」

「王子?それは、なんで??」

「すまない。今はまだ言えない。許せ」

「……………」



なんだろう。

王子の抱きしめが強くなる。

震えてる?

オレを見る目が凄く心配そうだ。

名前を隠す事がそんなに重要な事なのか?

そういえば、周囲の者もオレの事を巫女って呼ぶだけで名前は聞いてこなかったな。

そうだ、ずっと感じていた違和感。

それは皆が名前を聞いてこない事だ。

王子も王子呼びだった。

この世界、名前呼びはタブーなのか?


まだ分からない事が多いな。

焦っても仕方ない。

一つ一つ確認して前に進もう。


王子、温かいな。

う、何か急に眠くなってきた。

ヤバい、まだ王子に抱かれたままだ。


でも、男に抱かれてる時点で、本当は気持ち悪いはずなのに、何だか普通に受けとめられて嫌悪感は余り湧かない。

何でだ?


まさか、女になってるせいだろうか?

それはそれで不味いんだけど、身体に気持ちが引っ張られているって事?


分からない。

まだ分からない事ばかりだ。

この国の事も、この世界の事も。



だけど王子の心配する顔を見ていたら、あまり嫌な気持ちが湧かない。


それ、どころか、安心感まで、あっ、て………眠

………………………。

………………。

…………。








◇◇◇




「眠ったか、巫女?」

「……………」

「私を選んでくれて有り難う。君に出逢えた喜びがこれ程だとは思わなかった。名前の禁忌を犯すまでとは………。貴女を危険に晒してしまった。だが、貴女の事は何としても守り抜く。この命に代えても!」

「ぐーっすぴーっぐーっすぴーっ」

「………………」

そーっ

「ぐーっすぴーっぐーっすぴーっ」




いつの間にか眠ってしまった巫女。

王子は、その手に抱いた彼女を恭しくベッドに寝かしつけ、ゆっくりとベッドの反対側に潜り込んだ。


「ぐーっすぴーっぐーっすぴーっ」

「…………可愛いい………」


そして、横から暫くその寝顔を眺めていた王子。

ボソッと独り言を言った。


「………うぐぐっ……」


それに呼応するかの如く、眉間にシワを寄せてうなされる巫女。

悪夢でも見ているようだ。


「………………」


気を悪くしたのか、王子は巫女とは反対の壁側に身体を向けると、そのまま眠りについたようだ。




「ぐーっすぴーっぐーっすぴーっ」




王子の寝室には、巫女のイビキだけが朝方まで響いていたという。




◆◇◇◇



◇敬 視点


ガバッ

「うわああ、遅刻だ!早く会社に行かないとまた上司にドヤされる……………?」



チュン、チュン、チュン



心地よい微睡みの中、目が覚めると鳥の声?


キョロキョロ?!

何処だ、ここ?


見渡せばオレは、天幕付きの見知らぬ豪華なベッドに寝ていて、彫刻のあしらった窓枠の窓からは柔らかい日射しが降り注いでいた。


ホテルに泊ったっけ?

何でオレ、ここにいるんだ?

う、昨日の記憶が曖昧なんだけど。


確か女神が夢に出てきて勇者召喚されたはいいが、手違いで巫女にされて勇者の王子と魔王軍と戦った夢。



「はは、意外とリアルな夢だっ………?」


って、思わず喉を押さえるオレ。

めちゃくちゃ声が高い!?


そんで辺りを見て、デカイ鏡発見して、駆け寄って、目を見開き驚いて、パントマイムして、もう一度見て、震え怒って、座り込んで、深い溜め息して、ガッカリした。


鏡に映るは夢で見た通りの巫女姿の美少女。

つまりオレの今の姿だ。



「ここは?あ、オレ、異世界に召喚されたんだっけ。う、全部、現実だった………」



うう、昨日はあんまり色んな事があったから記憶が少し飛んでたわ。


で?

辺り見回したけど王子が居ない。

あれ?

オレ、王子と同じベッドで寝たような??

むむむ、記憶が曖昧だ。


そもそも女神のせいで《性別間違い召喚》されたと思ったら、巫女にされて接吻を強要されてからの勇者選定。

そんで魔王軍の宣戦布告と四天王牛男の襲撃で、消去法で選んだスカート姿の姫様は民族衣裳着た第一王子だったという落ち。

(スコットランドか)

で、オレの能力が勇者への接吻で《勇者強化ドーピング》の能力だって分かったけど、その絵面、誰得だよって頭抱えてたら、王子との強制結婚式から始まる初夜問題。


そして現在、それをナントか回避して朝を迎えた、ハズ?


ってオレ、王子と話してる最中に寝おちしてね?


いや、回避出来た、よね?


ケツ痛くないし?

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