第7話 永世中立国



「そうですか、話したんですか……」

 イオルはグラスを傾けながら言う。いずれは言わなければいけないことなので仕方ない。

「それで、どうなりましたか?」


「ミイは、流石王者の気質だな。大丈夫だ。ただ、ルア含めて他がな……」

 答えたのは丁鳩。


 イオルは王婿おうせいで丁鳩は王女婿おうじょせいだ。立場からすればイオルのほうが上なのだが、長年の習慣は抜けず未だに丁鳩には敬語だ。


 礼竜は、イオルが王族になった途端、これで甘えても許されると甘えまくり、義従兄様にいさまと呼び敬語だ。


「エルベットは魔力大国として栄えているが……そのための犠牲か……」

 憐れむように呟いたのは、黒髪に整った顔立ちの男だ。王族服を着ている。


 ニコロイ・ヨセア・フォグラオ・フェルイア・エルベット。

 アナの婿である。


 他国から婿入りしてきたが、他国の王族ではない。

 彼の出身国フォグラオでは60年ほど前に革命が起き王家が廃絶され、議会制なのである。


 エルベットは王族の結婚相手を王族・皇族に限定しない。雪鈴、イオルなどの例もあるが、国外でも、あちこちで革命が起きて王族・皇族が権力を失い、民主制となってる。


 故に、民主制国家から有望そうな者を選ぶこともある。ヨセアはその例だ。

 議員として期待されていた人物を引き抜いた形になる。


 ただ、エルベットの神殿には属していない。彼はフォグラオでの信仰を重んじたため、そのままの宗教だ。御名ももらっていないが、祖国で親しい者だけに呼ばせていたヨセアを御名のように使っている。臣下や一般人はニコロイ殿下と呼ぶ。


 礼竜もよく懐き、ヨセア義従兄様と呼んでいる。ちなみにもともと従姉の双子は、従姉様なんて気持ち悪い呼び方したら礼竜殿下って呼ぶわよ!と言われ、対等な話し方になっている。


 礼竜は甘え気質なのである。

 礼竜の祖父は、よくこれを国王にしようとしたものだ。


「世界で最後まで残る王家は、エルベットだろうな……」

 他国の王室・皇室とエルベットの王室では、そもそも考え方が違う。


 エルベットでは、王族は民に尽くすもの、民あっての王家だと教育する。

 だが、特にこれまで滅んだ王室・皇室では、我々は特別だと教えていた。


 そもそも、エルベットは国土の標高が高すぎて、普通なら住める場所ではない。

 雪山登山にプロが挑んで死ぬような環境だ。


 その環境を、王族の魔力で人の住めるものに変えているのである。国土全体を守っているとなると、どれほど強大か分かるだろう。


 永世中立国の立場を貫き、他国の争いには、たとえ嫁入り・婿入りしてきた王族の出身国でも介入しない。

 実際、滅びかけた王室・皇室からの援助要請を全て断っている。


 例外があるとすれば魔国に関わったことだが、あれは、エルベット王族籍にある者が魔国の王族籍にもあったため、魔国王族の問題となっている。

 とはいえ、魔国の民からすれば、エルベットが助けてくれたという認識で、魔国からエルベットに移住してくる者も多い。


「そういえば知ってるか? 今度、他国の王家が視察に来るんだと」

「何しにですか?」


「どうやったら自分たちが滅びずに済むか、ヒントが欲しいらしい」

 丁鳩は呆れ気味に言った。


「だめだろう。うちの王家もそうだったが……エルベットのような王家になれるなら、そもそも滅ばなかった」

 ヨセアは蒸留酒を飲み干しながら言う。酒に強すぎて、強い酒でないと酔えない。


 エルベットは山岳の上で外界から隔離されていたため、歴史から違うのだ。


「とはいえ、王族の魔力が途切れたらどうなるか分からないというのは、危険因子だが」

 ヨセアも王族冠をつけている。魔力は高いのだ。


「まあ、俺も丁鳩さまも魔力じゃ力になれませんしね」

 イオルは一般人程度の魔力で、イオルの王族冠も飾りだ。


 王城の庭にテーブルを出し、三人で飲んでいる。

 所謂、婿の集いだ。


「ライが死んでしばらくしたら、また近親婚が始まるだろうな……」

 喉元過ぎれば……ということだ。エルベットは王族の魔力に固執する。


「私に子種があれば良かったんだが……」

 テーブルの上の酒のつまみを口にしながら、ヨセアが自嘲気味に言う。


 祖国ではプレイボーイとして知られ、数多くの女性と関係を持った。子ができなかったのは自分の避妊が上手いからだと自負していたが、アナと結婚して分かったのは、自身が種無しだということだった。


「まあ、俺たちの分も頑張ってくれ。イオル」

「俺ですか? これ以上はちょっと……」


 アムとイオルの間には、4人の子がいる。

 イオルは、自分に外見がよく似た末子の夜雀やじゃくを見るたび、女性が群がらないことを祈っている。


 イオルにそっくりということは、かなりの――いや、極上の美形なのだ。

 幼いころから女の子に追い掛け回され、甘い菓子をもらいすぎて苦手になってしまった自分の過去を思い出す。


 おかげで、礼竜が好意で菓子を作ってくれても少しつまむだけだ。丁鳩が作る兵糧のほうが口に合う。


 夜の中庭に魔力の灯りをともし、時々こうして集まっている。話題は様々だ。

 気持ちよく酔ったら解散となる。


 婿という立場も、神経を使うのだ。



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