第5話



「えい! はあ! やあ!」

 一心不乱に木刀を振るのは、雪鈴にそっくりな少女だ。まだ王族冠もつけていない、4歳である。


 エルベットでは、王族の子は5歳になると、王族冠を授けられる。

 王族であることを示す額飾りだが、同時に王族から魔力を吸い上げ、国益のために利用するものでもある。

 5歳に満たない年齢では、魔力を吸い上げるのに早いと、5歳の誕生日に授けられるのである。


 今、伯父の丁鳩に見守られながら剣の練習をしているのは、礼竜の第三子、エルシア・季希依きのい・フォン・ディ・エルベットである。


 傍の木の根元でお菓子を食べながら見守っているのは、その兄のルグシオ・玲竜れいりょう・フォン・ディ・エルベットだ。お菓子は、父の見様見真似で自作したものだが、これが評判がいい。

 先日5歳の誕生日を迎え、王族冠を着けている。


 季希依の剣術稽古を見守る丁鳩も王族冠をつけているが、丁鳩に魔力がないため、ただの飾りである。


「……はぁ……はぁ……」

 季希依が、もう限界とばかりに地面に座り込んだ。木刀は持ったままだ。


「よし、キノ。だいぶ良くなってるな。

 少し癖があるから、そこから直すか」

 言って丁鳩は、季希依の癖と理想的な太刀筋を順にやって見せる。


 季希依は、伯父に憧れ、騎士王族になると言い出したのである。

 雪鈴の子ということは、雪鈴の従兄のキョイのように、鍛えれば強くなる可能性が高かったため、礼竜も同意した。


 キョイは、本人が嫌がって騎士団の公式戦には出なかったが、かなり強かった。

 雪鈴が小さな体格だったのは、成長期に充分な栄養をもらえなかったからで、遺伝的素養とは違ったのだ。


 しばらくして――

「伯父さん、キノ。

 休憩しませんか?」

 玲竜がお菓子の詰まったバスケットを出しながら言う。


「そうだな、休憩するか……お! レイ、また腕上げたな! このままライを追い越すんじゃねえか?」

 甘いもの好きな丁鳩は、素直に感想を言う。


 玲竜が礼竜から引き継いだのは、お菓子作りの才能だろう。

 食べるだけで幸福になれると評判の礼竜の菓子だが、レシピ通りに作ってもなかなかそこまではいかない。

 だが、この王子は、レシピ通りに作ってそれを再現したのだ。


「お父さんのレシピを超えるものが作れないから、まだまだですよ。

 ……9歳かぁ……」

 礼竜が、「ファムータルのメレンゲ人形」を作ったのが9歳の時だ。この王子は、それまでに、それを超えるものを作りたいらしい。


「お兄さまのお菓子も美味しいよ」

 季希依は、パクパクと口に運びながら言う。


 季希依は騎士王族を目指しているが、栄養最優先の兵糧が苦手というのは礼竜に似た。こういった菓子のほうが口に合うのである。


 ――と、

「お父さん、みんなここにいた」

 やってきたのは、栗色の髪の少女だ。


「ルア!」

 玲竜が嬉しそうに振り向く。


 王族服ではなく、お仕着せを着ているのは、丁鳩の養女、ルアだ。年は玲竜より三つ上だが、玲竜たちが物心ついたときには既に一緒にいた。


「仕事習ってたのか?」

「うん。今日はお掃除のコツ」


 ルアは、いずれ王城を去って自活しなければならない。リディシア邸の侍女に頼んで仕事を教えてもらっているのだ。


 丁鳩は、仲のいい子らを引き離さず、いずれ誰かの侍女となればと思っていた。口には出さないが。


「ほら、僕の自信作」

「うわ、可愛い」

 ルアは頬張って、飲み込み、

「うん、美味しい!」

「そう? 良かった!」


 丁鳩は、玲竜が、自分たちが菓子を褒めた時と、ルアが美味しいと言った時では、違う反応を見せていることに気づいていた。


 本人がそれを自覚するのは、いつになるか分からないが……じれったい思いもあった。




◆◇◆◇◆



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