第24話 謀反の嫌疑
「体よく二人して追い出された訳だが、で、どうする?
ここで睨めっことは行かないだろう・・・ん~と」
「新です。その前に一つお聞きしても宜しいでしょうか?」
「ほう、私に向って聞きただしたい事でも~」
「はい。バルコニーに出ましょうか。気兼ねなく話が出来るように~」
新と皇子はバルコニーのテーブルに向かい合って腰を降ろした。
「で、聞きたい事とは・・・察しは着くがな~」
「その通りです。皇子の人柄は噂と違っているので、まさか、二重人格ではないでしょ」
「はっはっは~。だとしたら・・・夜な夜な女を漁って、昼にはまともな皇子に戻っている・・・冗談だよ。とは言っても、月並みに女性には興味が有るがな」
「でも、マチルドさんは別格なんでしょ。彼女の前では心に澱みが感じられません」
「んっ!新、君は読心術でも心得て居るのか?」
「そんな大したモノでは有りません。ただ、なんとなく相手の心の有り様を感じ取れるだけです」
「なら、僕のマチルドに対する想いを言い当てて見ないか」
「かけがえのない存在なんですよね。その彼女があんな風に長くに渡り床に伏せって居るのが居た堪れないんでしょう」
雑談で時間を潰そうと思って居た皇子の顔に憂いの色が浮んだ。
「何故だろう?
新には胸の内を語りたく成って来る。
その通りさ、幼い頃からの許嫁・・・そんな事はどうだっていい。
ただ、マチルドが傍に、それも、健やかにして居てくれれば良いんだ。
今は病弱でその眩(まばゆ)さは影を潜めて居るが、以前は、彼女が居るだけで辺りが華やかに彩られていた。
その笑顔を見て居られるのなら、この国の一つや二つ誰かにくれてやっても良いくらいだ」
「心の底から慕って居るのですね?」
「そんな言葉で言い現わせない。一本の髪の毛さえ愛おしんだ」
「それだけ皇子に思われて居れば、マチルドさんも本望でしょうね」
皇子は苦笑いを見せた。
「そうでも無いんだよ。いつも僕を軽くあしらって、僕が滅入るのを弄んでいる」
「余程の信頼を抱いて居るんですね?」
「えっ、マチルドが僕に~」
「えぇ、さっき部屋を追い出した時も、マチルドさんの心は語って居ましたよ」
「なんて」
「『ごめんなさいね。本当にあなたに聞かれたくなくってよ』てね」
皇子はしばらく口を噤(つぐ)んだ。
胸の内で思いを馳せて居るのだろう。
「なぁ、新」
「はい」
「もしも、仮に、マチルドがこの世から居なくなったらと考えると嗚咽が止めどなく込み上げて来るんだ。
そんな時に、つい、そこらの女官を部屋に連れ込んでしまうんだ。・・・一応、容姿は選ぶがな~」
皇子は苦笑いをして見せた。
「きっと、良く成りますよ。これでも僕は、ほんの少しなら先を見通せるんですよ。
この事は内緒にして居て下さいね」
「何を?」
「元気に成って病床を離れたマチルドさんが司の宮と対峙して居る場面が浮んでくるんです」
「本当にか?」
「だから、出来れば僕たちで二人の仲を取り持てればと思いまして~」
「良くも有り、悪くも有るってことか」
「はい」
人の気配が感じられた。
司がマチルドの部屋から出て来て、真剣な眼差しの二人を眺めている。
それに気づいた皇子が、
「話は終わったのか?」
「はい」
「なら、僕はマチルドの部屋に戻る事とするか」
皇子は席を立ち、数歩進んだ所で新を振り返った。
「また、話をしよう。男だけでな」
「はい、是非とも~」
「司、良い付き人を探したな。たまに、僕にも貸してくれないか?」
「えっ、新をですか?」
「君に独り占めにされるのも些か気に障るんでな」
「???」
皇子が去ると司は新と向かい合った。
「何を話して居たのですか?」
「お互い、女性に振り回されてるってね」
「皇子の事なら察しが付きますが、新は誰に~」
「司以外に居ないだろ。それで、僕を使いにやるつもりだろ、娑婆世界へと~」
「どうして・・・そうか。私の心の内を感じ取ったんですね」
「それで、何をすれば~」
「それは別塔に帰ってからね」
「はい、はい」
その別塔ではサドが気を揉んで居た。
司の帰りを待ちわびている様である。
「サド、顔色が優れないようだけど、何か有ったのですか?」
「はい、大変で御座います。
左大臣がカヤ族の屋敷に乗り込んで来たそうです」
「奥さまから、連絡が~」
「はい。カヤ族に謀反の嫌疑が掛けれたようです」
「そんな~全く根も葉もないことでは有りませんか」
「偽りの種を捲いて思う所をやり遂げるのが右大臣です。
それで、宮様はどう成されます」
「決っているでしょう、叔母様の下へ向かいます」
「ですが、屋敷の周りには右大臣の手の者が取り囲んで居て、言わば、軟禁状態だそうです」
司は思案を巡らせた。
「そうだ、新」
「分ったよ。少しきついがやって見るか」
「頼みます。事は緊急を要します」
司は新と自室へと向かった。
「ごめんなさい。一旦、夢の回廊に向い、それから屋敷へと行くのでしょう。新にはかなりの負担に成りますね」
カヤ族の屋敷では~。
「何か見つかりまして。有ろうはずが有りませんが~」
奥様は威厳を損なわず右大臣と対峙して居た。
と、そこへ、
「このようなモノが」
右大臣の配下の者がタブレットを携えて歩み寄って来た。
「ほう、これには謀反の計画が具に記されて居ますな」
「そんな筈が有りません。何かの間違いです」
「目の色が変わりましたね。心当たりが有るんですね」
「だから~」
広間の奥のドアが開き、新を伴い司が姿を見せた。
「右大臣、騒々しいですね。このように大勢の者を連れて私の実家に押し寄せるとは、余程の覚悟をお持ちなのですか」
「これは司の宮様。この警戒の中、どうして・・・」
右大臣は新を睨みつけて、
「なるほど、そ奴が又もや~」
「そんな事はどうでも良いでしょう。カヤ族に謀反の疑いが有るとの事、少し、私に時間をくれませんか?」
「ほう、嫌疑を晴らすおつもりで~」
「ええ、奥様。屋敷内の者を全員ここに集めて下さい」
奥様は司を訝ったが、彼女の自信の程に任せることにした。
屋敷の使用人が呼び寄せられた。
広間には右大臣の配下の者も居合わせて居る。
誰もがこれから何が始まるのかと気を揉んでいた。
「新、お願い」
「はいよ」
新は使用人の前を巡り歩き、一人ひとりの心の内を計り出した。
「君だね」
「僕は何も~」
皆の眼が彼に注がれた。
気が動転して居るのは彼だけでない。
密かに事を命じた右大臣の腹心のリネットの顔色も窮している様である。
司は奥様を見やった後にその使用人に話し掛けた。
「まさか、あなたが。大それたことを。
奥様には並みならぬ恩義が有ると云うのに~。正直に話して下さい。でないと、少し手荒な真似をしなくてはなりません」
「僕は何も知りません。妙な事を言わないで下さい」
彼の額には汗が滲んで居る。
先ほどからリネットが睨みつけて居たのである。
司は思い切った。
「新!」
「はい」
新は懐から八葉蓮華の小太刀を取り出し、閉じ紐をほどき司の手に渡した。
誰もがその様子に見入って居る。
司は小太刀を鞘から抜き取り、その頭上に翳した。
例の如く、司の腕の刺青が赤みを帯びてきている。
『南無妙法蓮華』
と、司が唱えるや、小太刀から四方八方へと閃光が放たれた。
地下牢での如き有様が現出した。
眩さに身を顰める者。
神々しさに魂を揺さぶれる者。
広間は一時騒然となった。
余程、肝が座って居るのか、右大臣はものとはせず、ただ口惜しい表情を浮かべて居た。
『これが八葉蓮華の小太刀なのか。聞くに勝るモノだ。これが手に入れば~』
右大臣は事の顛末を半ば悟った様である。
新に言い当てられた使用人が、
「申し訳ありません。そこに居るリネットという方から言い含められまして謀(はかりごと)に手を染めてしまいました。全ては私の仕業です」
「さてはて、とんだ茶番を繰り広げたようですな」
右大臣の言葉を奥様が引き取った。
「その様ですね。右大臣、この事を公にするつもりは有りません。ただ、同じような事をすれば、ここに居る者たちを証人として恐れながらと皇帝に上訴しますからね。覚えて置いて下さい。
これ以降、カヤ族や司に妙な真似はしない様に~」
「手痛いしっぺ返しを受けたようですな。
その代わりと言えば何ですが、私が司の宮の後見人に成って差し上げようと考えて居ますが、如何でしょうか。何時までも後見人の座を空けては置けないでしょう」
「あなたが司の後見人?
冗談も休み休みにして欲しいものです」
「随分と嫌われてしまったようですな。それも致し方ないですか。
・・・ところで、司の宮。物騒なモノをお持ちですね。軍事警察を司って居る私が見過ごせるとお思いですか?」
「さぁ、どうでしょう。あなたの後ろに控えている人たちは恐れ慄いているようですけど~」
「むっ!」
既に小太刀は鞘に収められ、司の腕の刺青も元に戻りかけていた。
幾らか気を取り戻した配下の者に、
『それっ!』
と、気合を掛けた所で先は見えて仕舞って居る。
右大臣は無言で踵を返し部屋を去って行った。
その後を腰を砕かれた体で配下の者が続いた。
「皆、下がって良いですよ。コルムを除いてね」
一同、
「畏まりました」
と述べ、口々に先ほどの光景を語り合いながらぞろぞろと広間を後にした。
さて、広間には奥様、司、新、それに使用人のコルムが残る事と成った。
「司、どうしましょうか、この者を?」
「二度と同じ様な真似はしないと思います。何か事情が在ったのかも知れません。奥様から聞きただして善処なされば良いかと~」
「不問に伏せる訳にも行きませんが、コルム、自室で控えて居なさい」
「重ねて、申し訳ありませんでした。これを機に心を入れ代えますので~」
コルムが広間から出て行った。
「窮を救われましたね、司」
「はい、力に成れましたようで~」
「あの腹黒い右大臣がこのまま大人しくしては居ないでしょう。新もくれぐれも用心を怠らないようにね」
「・・・」
「新、大丈夫?」
半ば生気を失っていた新に司が詰め寄った。
「う、うん。何とか。それより、司の腕は?」
「バカ、私の心配をしている場合じゃないでしょう」
「その分だと~ウッ」
「司、新を部屋で休ませあげなさい」
この場の一番の功労者の新を見る奥様の目が以前と違い始めている。
『そうなれば、そうなればで~』
夢物語~司の宮偏 クニ ヒロシ @kuni7534
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