第23話 司とマチルド
マチルドの病室前には衛兵が二人立っていた。
そこへ、司が新を連れてやって来た。
「マチルドさんに会いに来たのだけど~」
との司の言葉に、
「今は、ちょっと~」
「どなたか訪れて居るのですか?」
「はい、皇子さまが~」
「取り次いで下さい。大切な話が有るのです」
「あっ、はぁ~」
と、内側からドアが開いて皇子が、
「誰かと思えば司か。マチルドに何か?」
「はい。ご病気に付いて~」
「マチルド、司が会いたいって、どうする?」
マチルドは枕を背もたれにして半身を起こしていた。
彼女は皇子の言葉に軽く頷いて見せた。
「どうぞ、僕も同席をしても良いのかな?」
「はい。是非~」
いつぞやと違って皇子は真顔でいた。
マチルドの前では本来の姿を見せて居るらしい。
「初めまして、皇女の司です。先日はこの新がご迷惑を掛けたそうで、私からもお詫びしたくて伺いました」
新は司から何も聞かされて居なかった。
ただ、着いて来てと言われただけだった。
『なんだか、悪さをした子が保護者に連れられ謝りに来たみたいだ』
司は新を見やって、
「あなたからも、お詫びを~」
「その節はどうも」
と言いつつ新は軽く頭を下げた。
司は新の言い様に呆れている。
普通、どこの誰とも知れぬ者がいきなり室内に現れれば騒ぎ立てる所だ。幾ら、病の床に伏せって居てもただでは置かない筈だ。
「ごめんなさい。言葉足りずの所は私に免じて許して下さい」
「いいえ、却って、司の宮の事が知れて何よりでしたわ」
「新が、私の事を・・・なんて?」
「それはもう、ただ者では無いと持ち上げていましたけど~」
マチルドはか弱い笑みを新に注いだ。
新を見る司の眼には、
『男のお喋りは見っともない』
との窘めが籠って居る。
黙ってそれらのやり取りを眺めていた皇子が新を睨みながら、
「聞き捨てならないね。お前の様な者がこの部屋に何用が有って~」
「すいません。部屋を間違えてしまって~」
新に些か心を許して居たマチルドが助け船を出した。
「皇子、別に構わなくてよ。私にしても退屈しのぎに成ったのだから~」
「ほう、それ程の人物には見えないけどな」
「もう、良いでしょう。それで、まだ、何か有るのでしょう。わざわざ、ここまでお出でなるのですから~」
マチルドは司を凝視しながらそう言った。
マチルドが健康で在れば宮廷内で肩を競い合う相手でもあろうか。司のいでたち、振舞いに興味以上のモノを感じても可笑しくはない。
「ええ、あなたの病気に付いて」
「何か分かりまして、その者が持ち帰った処方箋で~」
「いえ、ただ、余りにも薬の種類が煩雑で、それにその量も却ってあなたの健康に禍いして居るのではと思いまして。できれば、詳しいお話を聞けないかと~」
「そうでしたか。そこまでお気を使って頂けるとは、床に臥せって居るのも悪くは無いですね」
「そんな~」
「分って居ます。病人のやっかみです。で、殿方は席を外して貰えませんか。長話になりそなので~」
「僕もかい?」
「ええ、皇子に聞かせたくない事も有ろうかと~」
「なら、こいつと暇つぶしに何かやらかすか~」
「どうそ、ご勝手に。
あっ、そうだ。新とやらを咎めないで下さいね。悪気があった訳でも無し、それに、私自身が興味を覚えて居るのですから~」
「むっ!」
「でなくて、その素性に付いてです」
「そうか。なら、良いけど~」
皇子は新を顎で招いて部屋を出て行った。
「それで、何をお聞きに成りたいのですか?」
「ええ、病気の発端から今までのことに付いて~」
マチルドは司に促がされるままに、これまでの病状の移り変わりについて語り続けた。
大方の話を聞き終えた司が、
「そうでしたか。私に心当たりが有ります。マチルドさんの病状にふさわしい薬が、それも至って体に優しくて副作用の少ないものを存じています。今すぐにとは言えませんが、取り寄せようと思いますが、如何でしょうか?」
「丁度、今の薬に飽き飽きして居た所です」
「まぁ、そのような~」
「冗談です。司の宮って誠実なのか、それとも~ごめんなさい。『禍は口から出て身を破る』ですよね。これ以上は控えないとね」
「直ぐに何事も真に受けると仰りたいのですね」
「宮廷内では謀(はかりごと)が多いので、何かと用心に越したことは無いかと~」
「ご忠告、胸に仕舞い置きます。では、また~」
「ええ、また。そうだ。新とやらに、手品を有難うと伝えて置いて下さい」
「えっ!」
「そこのカーテンに身を潜めたかと思うと、突然、居なくなってしまったので~」
「あぁ、その事でしたか」
「司の宮は既にご存じのことでしょう」
「まぁ、そう・・です・・よね」
「今の所は口外するつもりは無いので気にしないで下さい。今の所はですけどね。・・・ゴホッ、ゴホッ」
久しぶり、それに年の近い女性との気が置ける長話しのせいでマチルドの様態が悪くなったようだ。
「まぁ、大変。直ぐに、医師を寄こさせますますから~」
「ええ、ゴホッ、ゴホッ。その様に~ゴホッ、ゴホッ」
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